保健委員



私の家は代々“見える”家系だった。父も母も祖父母もそのまた親も私自身の兄弟も。程度の違いはあれど皆一様に“見る”力を持っていた。
幼い内は見えて良いものかどうかの区別すらつかず、親に心配されることもしばしば。だから私の家ではまず最初に“無闇に指を差してはいけない”ということを教えられる。あれは何?と指を差せばあちらも気付く。「知らん顔しときゃあ何にもしてきやしないよ」がモットーの我が家としては、それは御法度に当たるわけで。だから普通の家とはまた違う意味で“無闇に指を差してはいけない”と言われて育った。



「あー!やっと見付けたぞ名前!」
「八?」
「ったく、医務室に行ってもいないし薬草園に行ってもいないし、なんだってこんな学園の隅っこにいるんだよ…」

授業の後の委員会活動の時間、私は学園の隅で薬草を摘んでいた。薬草園から種が飛んできたのか、この辺りにはいくつかの薬草が自生している。薬草園のものとは少し時期がずれているので、たまにこうして摘みに来ることがある。
そしてそこに息を切らせた八がやってきたのだが、どうやら長いこと私を探していたらしく、その顔は少し不機嫌そうだった。

「まあいいや。それよりちょっと孫兵の奴見てもらえないか?」
「孫兵を?」
「別に大したことじゃないんだけどな。ただ、念のためにというか…」
「分かった。すぐに行こう」

孫兵は人を避ける性質故か、毒虫を愛する性質故か、そういう類いのものに好かれやすい。本人は気にしていないようだけど、たまに厄介なものを憑けていたりするから侮れない。私もなるべく注意して見るようにしている。

「一応聞いておくけど、怪我をしたわけではないんだね?」
「ああ。ただ俺には見えないから、もしかしたらと思ってさ」
「孫兵は何と?」
「“頭に付いた蜘蛛の巣が取れない”って言ってる」

俺が見ても蜘蛛の巣らしいものなんて付いてないし、孫兵は取れなくて苛々してるし、こういうのは名前に聞いた方が早いかと思って。そう続けた八はしかめっ面で塀を飛び越えた。

孫兵に限らず、三年はどうにも好かれやすい体質をしているらしい。特にろ組の迷子二人は酷い。
神崎左門の場合、あっちだこっちだと叫ぶ声に釣られて集まるのか、彼が迷子になるとその後ろには小さな百鬼夜行ができている。
無闇にあっちだこっちだ叫ぶんじゃないと叱ったこともあるけれど、彼は『誰かが道に迷っている気がした』と言うばかり。善意故に質が悪い。

そして次屋三之助。彼は左門とは反対に誘われやすい。あっちだよ、こっちだよ、と呼ばれればすぐについて行ってしまう。
彼にも無闇について行ってはいけないと叱ったけれど、やはり『誰かが迷ってるのかと思って』と言うばかり。無自覚故に質が悪い。
この二人の妙な才能は、いずれどうにかしなければならないだろう。まあ、その前に孫兵の方が先なのだけれど。



「おーい孫兵ー!」
「竹谷先輩、それに名字先輩までどうしたんですか?」

孫兵は飼育小屋の横に座り込み、顔の前や頭の上で何かを掴むような仕草をしていた。そして手を振る八に気付いた孫兵は、次いで隣を走る私に気付き、不思議そうに首を傾げる。
八と孫兵には見えなくて私には見えるもの。頭の上の“それ”を見て、一人なるほどと納得する。撫でるように動き回るせいで、孫兵一人では取れなかったのだろう。

「孫兵はまた変なものをつけているね」
「蜘蛛の巣のことですか?飼育小屋の掃除をしていたら付いたみたいなんですが、どうしても取れなくて」
「蜘蛛の糸はなかなか見えないからね。ああ、もう取れたから大丈夫だよ」
「え、本当ですか?あれだけ払っても取れなかったのに」

きょとん、と不思議そうな顔をする孫兵の頭を黙って撫でる。見えも触れもしないのに何かがあるというのは、あまり気分の良いものではない。孫兵は蜘蛛の巣がないと分かってすっきりしたのか、文字通り“憑き物の落ちたような”顔で一礼し、また飼育小屋へと戻っていった。
私は払い落としたものに向き直り、できる限り優しい声で言葉を落とす。

「さあ、お前もお逝き」

お前の子供はここにはいないんだ。心の内でそう念じ、払ったものの上に札を乗せ、その上から枝切れの先で二度、三度と軽く叩く。するとそれは萎むように消えてなくなった。悲しい、哀しい、女の啜り泣くような声と共に。
そして後ろで一部始終を眺めていた八は不思議そうな顔で、

「結局孫兵の頭に乗っかってたのってなんだったんだ?」

と、微かに黒ずんだ札を指差した。好奇心旺盛な八。何にでも興味を持つのはいいけれど、無闇に指を差してはけない。すぐに八の指を掴んで作ったような笑みを向ければ、彼はひくりと息を詰まらせた。

「あれはね、女の手」
「お、」
「無闇に指差してはダメだよ。向こうは見えるものと思って懐いてくるから。ああ、それと、」

女の手は子を抱くために二つあるものだから、気をつけてね。

これもまた作ったような笑みで告げれば、八は壊れたカラクリのように何度も頷いた。うん。それでよろしい。



五年は組