へんくつ娘は変わり者



次に私が棗さんを見たのは、彼女がとても楽しそうに笑っているところでした。


「棗さんがいた所って、どんな所だったんですか?」
「うーんとね、ここよりもっとたくさん建物があって、人もいっぱいいる所」
「おいしい食べ物はありました?」
「いっぱいあったよ。でもあたしはここの食堂のおばちゃんのご飯が一番好きだな」
「棗さんはナメさん好きですかあ?」
「う、ナメクジはゴメン、ちょっと苦手…」


なんと、あれだけ質問に答えるのを嫌がっていた彼女が、嫌な顔ひとつせずに質問に答えていたのです。彼女の周りにある色はこの間と違い、ひとつだけ。水色井桁柄、一年は組のよい子達です。ああ、そういえばあの時、一年は組は裏山までマラソンに行っていましたね。

しかし、これだけ対応が異なるとなると彼女の中には何か明確な違いがあるのでしょうか。…私には、分かりそうにもありません。


「あれ?あそこにいるのって…」
「あ、五年は組の名神黒彦先輩だ!」
「本当だ!」
「名神先輩もこっちで一緒におしゃべりしましょうよー」


通りがかりに眺めていただけだったのですが、運悪く棗さんに見つかってしまいました。続いて委員会の後輩であるしんべヱと喜三太にも見つかってしまい、私はおろおろと逃げる言い訳を探します。


「す、すみません、私は予習をしに部屋に戻りたいので…」
「そんな浦風先輩みたいなこと言わないで、たまには僕たちとも遊んでくださいよお」
「き、喜三太。しかし…私がいてはお邪魔では、」
「いや、あたしも話してみたいと思ってたから大歓迎」
「は、」


それはいったい、どういう意味でしょうか。言葉の裏を探ってしまうのは忍の性です。だから彼女の言葉も素直に受け取ることができませんでした。


「たぶんまだ話していないのは、えーっと…名神さんだけだと思うんですよ」
「そう、でしたか」
「名神先輩はすごく物知りなんです!南蛮のこととか、ずーっと昔のお話とか、いっぱい知ってるんです!」
「こ、こら乱太郎、あまり買い被らないでおくれよ、」
「あ、もしかして先輩なら“花札”のことも知ってるんじゃないっすか?」
「花、札?」


その言葉に、私の中の誰かの記憶がぷかりと浮かんできました。

俺ぁよく頭と一緒に賭場に入り浸って花札で稼いでいたもんよ。でも最近幕府の連中がうるさくってな。ちょいと合図をしないと賭場にも入れてもらえなくなっちまった。全く、面倒なご時世だよ。


「…もしや、賭博がお好きなのですか?」
「!」
「先輩、花札を知ってるんですか?」
「ええ。花合わせとこいこいなら、私は花合わせの方が好きですが」
「本当に!?あたしも花合わせの方が好きなんだ!良かったら今度一勝負しよう!あたし、花札だけは強いんだ!ああ、でもあと一人誰か探さないと…!」


きらきらと瞳を輝かせる棗さん。私の両手をしっかりと握り締めて懇願されるものだから、私は首を縦に振るしかありませんでした。

花札は本来、この時代にはないものです。でもこの世界にはハンバーグがあったり、日常的に横文字を使ったりと可笑しなところが多々あります。だからあまり気に留めない方がいいのでしょう。先生方も南蛮からの舶来品、と思っているようでしたし。


「あれ?棗さん、泣いてるの…?」
「ごめ、ん、なんか急に、ホッとしちゃって」
「あーあ、名神先輩が泣かせたー」
「わ、私のせいなのですか…?」
「違う!というかこれは良い意味での涙だから!気にしなくていいから!」


そうは言っても女性の涙とは心臓に悪いものです。私は情けなく、彼女の手を握り締めたままおろおろと視線を彷徨わせるばかり。ああ、穴があったら入りたい。


「私で良ければ、いつでもお話し相手になりますから…」
「あはは、ありがとうございます…」




へんくつ娘は変わり者


(6/25)


色変わりて