握りこぶしを胸へとあてて



今日も今日とて独りきり。座学を終えて、昼飯を食べに食堂へ向かうも空席はなし。まあ、午前中は座学だけだったのだし、と私はすぐに踵を返しました。たくさんの人の中に独りぼっち、というのはとても恐ろしいことです。

一食くらい抜いたって死にやしません。…とは、食堂のおばちゃんの前では絶対に言ってはいけませんよ。優しいおばちゃんはきっと、とても悲しい目をして怒りますから。

ああ、そうだ。友とは呼べませんがたった一人だけ、私と話してくれる人がいました。猫目で、ふわふわと柔らかい髪を揺らして。そうですね、彼は会う度に首を傾げている気がします。


「黒彦先輩はお昼食べないんですか?」


それは四年生の綾部喜八郎。不思議な彼はいつも私の目をしっかりと見て話します。慣れないことではありますが、私もまたしっかりと、彼の目を見詰め返すようにしています。


「席が空いていないようだったから、よそうかと思って」
「私はお腹が空きました」
「えっと…それじゃあ席が空くのを待って、」
「先輩も、一緒に食べませんか?」
「え?」


私の返事も聞かない内に、彼はぐいぐいと袖を引っ張って食堂へと入って行きます。もちろん、引っ張られる私も一緒に。でも、私は人の目が恐くてすぐに下を向いてしまいました。人よりたくさんの記憶を持っている私は、人という生き物の恐ろしさを厭というほど知っています。だから、恐いのです。


「おばちゃん、ランチふたっつ」
「はいよ、すぐにできるからね」


今日のランチはハンバーグだそうです。くるりと首を回して言われた言葉に、頭の中の誰かが反応しました。

ハンバーグは俺の好物だ。母さんが作ってくれるのが好きだけど、  が作ってくれるちょっと歪なやつも、好きだった。

そうか、そうだったね。でも君の時代の感覚で言ったら、今この時代にハンバーグがあるのは変なことだったよね。それは他の私も言っていたことだから、でも私は変とは思わないんだよ、だけど君は、


「黒彦先輩」
「…え、あ、わた、し、」
「冷めちゃいますよ」
「あ、ああ…。ごめんよ、早く食べようか」


私はまだまだ、私を知らない。




握りこぶしを胸へとあてて


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色変わりて