炉端で想うはだれのこと



その魂の終わりはいつも怨み辛みで真っ黒け。何度繰り返しても真っ黒け。何処へ行っても真っ黒け。神様も少しだけうんざり。怨み辛みは愛情の裏返し。真っ当に生きても最期の最後に極楽浄土へ行きそびれ。魂に染み付いた黒が取れません。ああ、面倒くさい。しつこい汚れは、


「最初からなかったことにしてしまえば楽だろうね」


チチンプイプイ。
アブラカタブラ。
開けゴマ。

最初で最後だよ、君の魂をキレイにしてあげる。
これで最後だよ、もう一度やり直す機会をあげる。
そうだ、忘れていた前世の記憶の扉は全て開いてしまおうか。

そうすれば、君はもう汚したりしないよね?









私は少しばかり裕福な家の三男坊として生まれました。父と母、兄が二人に姉が一人。物心がつくまで、私はすくすくと育ちました。末っ子故に甘やかされもしましたが、躾に厳しい母のお陰で最低限の礼儀は弁えているつもりです。ああ、でも何も知らずに真っ直ぐ育てたのはそこまででした。


「ははうえ、ははうえ」
「なあに?黒彦」
「“むほん”とはなんでしょうか」
「あら、難しい言葉を知っているのね。母上が教えてあげる」

「あにうえ、あにうえ」
「なんだ?黒彦」
「“ばいく”とはなんでしょうか」
「…ふむ。すまんな黒彦、それは兄にもとんと分からぬよ」

「あねうえ、あねうえ」
「どうしたの?黒彦」
「“つるぎ”とはなんでしょうか」
「ふふ、黒彦も男の子なのね。でも剣はお祈りに使うものよ。男の人が持つのは“刀”というの」


とても長い髪のきれいな女の人が叫んでいたのです。
ふしぎな服を着た女の人が好きと言っていたのです。
南蛮冑の男の人が血を流しながら握っていたのです。



でも、あれはだれ?



「ちちうえ、ちちうえ」
「どうした、黒彦」
「あたまの中に、たくさんしらない人がいます」
「………」
「しらないことが、たくさん、あります」


私はこの時、年が明けて十になったばかりで、ようやく世間様との“ずれ”を僅かばかり感じられるようになったばかりで。会ったこともない人の顔や名前、声、匂い、癖、他にも沢山のことを知っている自分自身が、とても恐ろしいもののように思えてなりませんでした。

そんな私を、父は恐れずに抱き締めてくれたのです。


「黒彦よ、お前は黒彦だ」

「父と母の子で、兄と姉の弟だ」

「お前の頭の中に何があるのか、知ることはできぬが察してやることはできる」


そう言った父の声はとても優しくて、私はわけもわからずに泣きました。今思えば父もどうしていいか分からなかったのでしょう。元々口下手な人でしたから。でも、まだ幼かった私は言葉ではなく行動で示してくれたお陰で、こうしてまた前を見て立ち上がることができたのです。

ああ、今度こそ守り抜いてみせたい、と。




炉端で想うはだれのこと


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色変わりて