威ありて娘子は猛からず
(伊賀崎視点)
(珍しい組み合わせだな)
並んで座る先輩方を見て思ったのは精々その程度で、意識はすぐに首元のジュンコへと移った。赤い舌が揺れる。綺麗だね、と言えばジュンコは嬉しそうに笑った(気がした)。
「…棗さんって十六だったんだ。てっきりもう少し上かと思ってました」
「うん。背が高いからかな」
「周りがちっこいのばっかだからそう見えるだけじゃない?」
尾浜先輩、久々知先輩、名神先輩、棗さん。それ以外に食堂に残っている人間と言えばおばちゃんと僕くらいなもので、必然的に会話は筒抜けになっている。
傍から聞けば他愛のない話。けれど頭の隅には学級対抗戦の文字がちらつく。味噌汁を啜りながら、意識だけはそちらに向けた。
「たしか黒彦はこれが好きだったよね。やるよ」
「え、あ、ありがとうございます」
「どーいたしまして。まあ、黒彦が友達連れてきたささやかなお祝いな」
傾けたお椀の上からちらりと覗けば、いたずらっぽく笑う棗さんと顔を赤らめる名神先輩が見えた。
「おかしな話だね、ジュンコ」
だって、ずっと同じ忍術学園にいた尾浜先輩たちよりつい最近やって来た棗さんの方が名神先輩のことをよく知っているだなんて。
たまに“棗さんと名神先輩はできてるんじゃないか”なんて頭の悪いことを言う奴がいる。僕の知る限りだと三之助がそうだ。面倒だから適当に聞き流していたけど、改めて二人を見ればすぐに分かることじゃないか。
あの二人の目には、人間の汚い感情なんて映っていない。
「で、そっちは何か聞きたいことがあったんじゃないの?」
「はは…なんかもう敵わないな…」
「ここにいれば嫌でも勘は良くなるよ。あたしも質問次第ではちゃんと答えるから」
「じゃあ私から。…棗さんはどうやって忍術学園へ?」
「うん。いいね、直球で」
かたり、と天井裏が鳴いた。どこの誰だか知らないけど、今の音に気付かないほど鈍い棗さんじゃない。事実、彼女は鼠がいるなとぼやいて言葉を切ってしまった。どこの誰だか知らないけど、ご愁傷様。後で先輩二人に説教されてしまえばいい。
「ごちそうさまでした」
食べ終わった料理に手を合わせ、膳を下げておばちゃんに声をかける。おばちゃんは首に巻き付くジュンコを見て“見つかって良かったわね”と笑った。ジュンコが迷子になっていたことを誰かに聞いたんだろうか。
僕の後ろでは意外にも、切られた先の言葉が棗さんの口から語られていた。驚いて振り向けば、悲しそうな笑みが視界に映る。
「それはあたしが一番知りたいことだよ。どうやってここへ来たのか、皆目見当もつかない」
自嘲にも似た笑み、悲しい声。なぜだか、ようやく分かった気がした。
素直な…例えば、一年は組のような人間は今の言葉をそのままの意味で捉えるだろう。だが、先輩方は言葉を鵜呑みにすることをしない。その裏の真意を探ろうとする。だから、見えなくなってしまっていたんだ。
棗さんは最初から、嘘だけはついていなかった。
「じゃあ、あなたは一体どこから来たんですか?」
「伊賀崎…」
「すごく遠い所。帰り方が分からないくらい、ね」
どうせ、僕が聞き耳を立てていたことくらい先輩方は分かっていただろう。大して驚きもしなかったし、咎められもしなかった。
棗さんはおどけるように笑って見せて、ジュンコへと手を伸ばしてきた。鮮やかな色は警戒色。見れば毒を持っていることくらい分かるだろうに。まさかこんな行動を取るとは思わず、反応が遅れてしまった。
そして僕が身を引くよりも早く、ジュンコが棗さんの指先へ舌を伸ばす。
「さすがに何も聞いてなかったら追い出してたけど、ちゃんと主の元に帰れたんだね」
「え?」
「黒彦に“虫や動物を見かけても無闇に手を出さないでくれ”って言われてたんだ。毒があるかもしれないし、何よりそいつらを大切にしてる奴がいるからって」
僕だけでなく、尾浜先輩と久々知先輩の視線も名神先輩へと向けられる。何度も視線を彷徨わせた後、先輩は肩を竦ませて俯いてしまった。赤い頬は隠せていない。
赤は綺麗だ。なんと言ってもジュンコと同じ色だから。けれどそれよりもどうしてジュンコを平気だと思ったのかが分からず、棗さんに理由を問いただした。
「目を見れば噛むか噛まないかくらい分かるさ」
なんてことはない。彼女も僕と同じだった。
ジュンコのもたげていた首がまた僕の方へと戻ってくる。しゅるしゅると鳴る独特の声が耳に心地いい。
「ありがとうございました。棗さん、名神先輩」
なんだ、見えていなかったのは僕も同じだったのか。
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