猫の目うつろい鞠さだめ
(七松視点)
私は勝負事が大好きだ。
だが、頭を使う勝負事は苦手だ。
しかし、体を使う勝負事は得意だ。
(そろそろ私たちも動いてみるか)
い組はすでに動き出しているし、は組は元々ある人脈で情報を絡め取っている。五年い組はまだ鼻先ひとつ出た程度だろう。対して五年ろ組は話にならないし、まだまだ焦るには早い。
「長次はどうする?」
「…遠慮しておく」
「そうか?なら私一人で遊びに行くか!」
部屋の隅に転がしていたバレーボールを脇に抱え、同室の長次を残して長屋を後にする。昼休みのこの時間なら棗さんは遅れて昼食をとっているか、仕事に戻っているかのどちらかだろう。
手遊びをするようにボールを放って受け止めてを繰り返す。私が棗さんと話したのは、彼女が来てすぐに自己紹介程度に言葉を交わしただけ。何度か見かけはしたが、五年の名神と一緒にいることが一番多かった。
んー。あの二人は恋仲なのだろうか。
考えてもよく分からない。私は棗さんのことはもちろん、名神のこともよく知らないからな。当然と言えば当然だろう。考えても分からないことは、
「本人に聞くのが手っ取り早いな!」
急に大きな声を出したせいか、近くを歩いていた三年生が飛び上がり、そのまま姿を消した。ははは!綾部の落とし穴に落ちたか!どーれ、私が今助けてやろう!
そいつは足を挫いたらしく、一人じゃ立つのも辛そうだったから落とし穴から引っ張り上げてそのままおぶってやった。名前は忘れてしまったが、保健委員だった気がする。ここはいさっくんに引き渡すのが一番だろうと、おぶったままいつものかけ声と共に走り出した。ちなみにバレーボールは懐の中だ!腹が突き出て面白いぞ!
「いけいけどんどーん!」
「ひえええ…!」
「情けない声を出すな!男だろうが!」
「そ、そんなこと言っても…あ!七松先輩!前!前見てください…!」
「ん?」
叱るために振り向いた頭。前と言われて前へ向けたが、足を止めるのを忘れてしまった。
ぐん、と近くなった誰かの顔。ぶつかると思った。しかし、その顔は一瞬で消えた。
勢いを殺すように数歩歩いて、気配が動いた先を見る。わくわくする、どきどきする。ああ、お前と闘ったら楽しそうだな!
「よく避けたな!名神!!」
「七、松先輩…驚きました。三反田くんがいなければ、ぶつかっていましたね」
「え、僕、ですか…?」
「人をおぶっていると、腕を振れないので速くは走れないんです」
穏やかに笑ってはいるが、名神の声の端は震えている。落ち着けるように胸に手を当てているし、驚いたというのは本当らしい。
それでも避けた。私に気付いてから瞬きひとつほどの間しかなかったのに。
名神のことはよく知らない。気違いと呼ばれているのは知っている。実力は五年は組一と聞いた。学年が上がれば上がるほど、いろはの組ごとの力の差はほとんどなくなるから、は組だからどうということはない。きっと強いんだろう。私とどっちが強いだろうか。
「…ところで、七松先輩はなぜ三反田くんを?」
「おお、そうだった。さっきそこで綾部の落とし穴に落ちて足を挫いたんだ」
「あの、僕歩けますから…」
「強がるな!足が紫色になっているぞ?」
「え!?い、いたた…」
驚いた拍子に足を動かしてしまったらしく、三反田とやらが息を詰めた声を漏らした。怪我人に無理をさせるといさっくんはすごく怒るからなあ。
仕方ない!名神と遊ぶのは今度にしよう!
「名神!今度私とバレーをしよう!」
「それは、できればご遠慮したいのですが…」
「うん、棗さんも呼ぶか!」
「な、なぜそういう流れに…」
「面白そうだからだ!」
それに長次を呼んで、い組やは組、他の五年連中を混ぜても面白いかもしれない。やっぱり私には体を使った勝負事の方が向いている。体を動かしている時の方が、人がよく“視える”。
名神も笑っているし、遠慮するなと背中を叩いたらすぐに頷いた。よし、後で他の皆にも声をかけてこよう。
「…ということがあってな、いさっくんも一緒にバレーしよう!」
「ずいぶん酷く捻ったみたいだね。骨に異常はないと思うけど、しばらくは様子見」
「すみません…」
「別に謝ることはないんだよ。自分の体は大事にしてあげなきゃ」
「い、さ、っくん!聞いてるのか!?」
「はいはい、聞いてますよ」
三反田を医務室に連れて行くと、中で干した薬草の整理をしていたいさっくんが驚いた顔をした。そういえば医務室に来るのはずいぶんと久しぶりな気がする。
薬棚ってあんなに小さかったっけ。なんとなく物珍しくてきょろきょろしていたら、三反田に気付いたいさっくんが駆け寄ってきた。
それからは流石保健委員委員長というか、手当はあっという間に終わって今に至るというわけだ。でも腹に入れていたバレーボールを見せたらものすごく怒られた。…私はまだ何もしていないぞ。
「で、いさっくんもバレーするだろう?」
「微妙に拒否権がない気がするのは僕の気のせい?」
「だってするだろう、普通」
「小平太の普通は普通じゃない。それに、名神くんは病み上がりだから絶対ダメ!」
「あいつ、病み上がりだったのか?」
「昨日まで医務室で寝てたんだよ」
薬草の整理を再開したいさっくんに倣い、三反田が手伝いを名乗り出る。いさっくんはそれにありがとうと笑って、だけど私には難しい顔を向けた。ケチと言えばケチで結構と返されるし、バレーはできないし、なんだかつまらない!
ああ、やっぱり私は体を動かす勝負事がしたい!
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