踊る道化がはじめの一歩


(尾浜視点)


引き出しを引っくり返して、押し入れを漁って、薬箱を全部開ける。ないはずの薬がそこにあって、あるはずの薬がどこにもない。ああ、やっぱり間違えたんだ!


「勘ちゃん、早く行かないと豆腐がなくな…」
「どうしよう兵助!間違えた!」
「…俺としてはこの部屋の方がどうしようなんだけど」
「部屋なんかどうでもいい!ああ…俺、やっぱりは組に行ってくる!絶対今頃苦しんでる!」
「苦しんでるって…誰が?」
「名神さんに決まってるだろ!」
「ちょっと待て、昨日使ったのは普通の眠り薬、」
「じゃなかったんだよ!間違えて遅効性でかなり強い痺れ薬混ぜちゃったんだ!」
「は!?」
「兵助は先に食堂行って他の三人誤魔化しといて!俺名神さん探してくる!」
「あ!ちょっと待て!」


兵助が何か言いかけてたけどそれどころじゃない。名神さんは基本的に“気違いの黒彦”で通ってるんだ。もし動けなくなるまで薬が回っても、誰も助けてくれないかもしれない。いくらなんでもそれはやり過ぎだ。俺だってそこまでするつもりはなかった!


「名神さん!…あ、あれ?誰もいない?」


長屋からずっと走っては組の教室に飛び込んだけど、そこは空っぽ、誰もいない。嫌な予感が頭を過る。ま、まさか、は組って今日実習だった、とか…?


(ヤバイヤバイヤバイ…!そんなのいよいよ命に関わることじゃないか!)


もし実習なら少なくとも二日は帰って来れない。医療道具も最低限のものしか持っていけないから、満足な治療だって受けられない。


「どうしよう、解毒剤持って今から追いかけるべき!?その前にどこまで実習に行ったのかも知らないよ俺!」


こんなことならもっとは組とも交流を持っておくべきだった!…なんて今さら思ってももう遅い。とにかく俺は情報が欲しくて、今度は人が集まりそうな場所へ向かって走り出した。目指したのは食堂。今は昼食の時間だから、学園内に残っている生徒や先生はそこに集まっているはず。そしたら先生にわけを話して、外出届を出して、すぐに名神さんを追いかけよう。


「わわ!すみません!」
「おっと!いやいや、俺こそ悪い!」


走って走って、ようやく見えた食堂からはがやがやと人の声がたくさん聞こえる。そして走っていた勢いのまま食堂に飛び込もうとしたら、それより先に小さな水色が目の前に現れた。勢い余って俺に突っ込んできたのは…たぶん、一年は組の加藤団蔵。ぶつかった弾みで倒れそうになったのを片手で支え、食堂を見る。そこには同じく一年は組の佐武虎若に手を引かれる善法寺先輩がいた。


「団蔵、急がないと!」
「そうだった!尾浜先輩、失礼します!」
「あ、ああ」


ばたばたと慌ただしく廊下を駆けて行った緑と水色。善法寺先輩もわけが分からない、とでも言いたげな顔だった。なんだろ、保健委員長の善法寺先輩を連れてったってことは、一年は組の誰かが怪我でもしたんだろうか。委員会の後輩の庄左ヱ門もあの子達と同じクラスだから、余計気になる。


「遅かったじゃないか勘右衛門」
「三郎、さっきの一年は組だよな?なんであんなに慌ててたんだ?」
「さあな。少なくとも“先輩が”と言っていたから一年は組の誰かが怪我をしたわけではないだろ。それよりお前、いったいどこへ行って…」


三郎の言葉が右から左へ抜けていく。それって、まさか、


「喜八郎おおお!喜八郎はどこだああああ!!」
「な、棗さん!綾部先輩なら兵太夫たちが探してますから!」
「それを先に言ってくれ!」
「言いましたよ!」
「時は金なりって言うくらいなんすから、さっさと行きますよ」
「わ、わかった、案内頼む!」


善法寺先輩が急に連れて行かれても途絶えることのなかった話し声が、その声が聞こえた途端にぴたりと止んだ。みんなの目が一斉に声の主へと向けられる。声の主は勝手口から顔を出し、肩で息をしながら食堂内をぐるりと見渡していて、その後ろには皆本金吾ときり丸の姿が確認できた。

勢いよく怒鳴り込んできたのは棗さん。三郎は棗さんに気づくなり殺気立ち始めて、それを雷蔵が無言でたしなめて、八は魚をくわえたまま固まっていて、兵助は仲間内で使うものとは違う、い組だけの矢羽根を飛ばしてきた。


『は組は今日、裏々山で演習だったんだ。早い奴なら昼過ぎには戻って来るらしい』
『それって、』
『薬、あるなら早く持ってってやれ』


思考停止は瞬き二つの間だけ。その次の瞬間には思わず声に出してありがとうと言っていた。矢羽根自体には気づいていたらしい三郎が、訝しげな顔で兵助を問い詰めている。


「あ、おい勘右衛門!どこ行くんだよ!」


という八の質問は、ろ組には内緒と言って誤魔化した。




踊る道化がはじめの一歩


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色変わりて