鵺の笑みとて愛しと知れば
棗さんと別れた後、私は自室に戻って普段と同じように忍たまの友を開いておりました。傍らには読み終わった本が重ねられ、小さな山となっています。返却の期限は明日。これは今日の内に返してしまった方がいいでしょうね。
でも、今は、
(誰にも会いたくありません)
(何も、したくありません…)
板張りの床の上で横になり、小さく身を丸める。体に力が入らない。また知恵熱でも出してしまったのでしょうか。…ああ、違う、誰かが天井裏にいます。ということは、これはきっと霞扇の術ですね。明日は模擬演習があるというのに、情けない。
私は声を上げることすら億劫で、そのままぼんやりと意識を手放してしまいました。
一つ、二つ、影が降りる。声の代わりとなる言葉が静かに飛び交った。
『寝てる?』
『ぐっすり』
揺れる黒髪は二つ。片方が横たわる男の口元に手をかざし、呼吸が寝ている時のそれであることを確認する。もう片方は文机の上に広げられたままの本をひとつひとつ捲った。
『見つからないか?』
『うーん、ちょっと待って』
本を捲って、硯を退かして、引き出しを開ける。そこで二人の動きがぴたりと止まった。
『みーっけ』
引き出しの中に入っていたのは一枚の紙切れ。特に重要な書類というわけではないし、見られて困るほどのものでもない。だが、それこそが彼らが探していたもの…クラス対抗戦の、名神個人の評価票だった。
クラス単位での順位は担任から口頭で伝えられている。しかし、個々の評価に関しての言及はなし。二人は件の娘とこの部屋の主、名神黒彦が親しい間柄であることを知っていたから、大方の予想はつけていた。謂わばこれは単なる好奇心故の行動であり、深い意味はない。
『学園一位だって』
『まあ、そうだろうとは思ってたけどな』
『俺、下から数えた方が早かった…』
『上級生はほとんどそうだろう。名神以外は』
今回のクラス対抗戦は予想外の結果が出たこともあって、しばらくは継続して行われることになった。最初こそ突きつけられた結果に戸惑っていた上級生たち。しかし期間さえ延びれば手を変え品を変え。別方向から情報を集めるようと、すでに頭を切り替え、動き始めている。
…とは言え、他人から奪った情報は加点されないという規約もあるので、こうして名神の元へやって来たのは彼らが初めてだった。
『とりあえず当初の目的は達成したわけだけど、これからどうする?』
『三郎と八は…無理だろうしな』
『うん。雷蔵も同じろ組だからたぶん無理。というかこれはクラス対抗戦なんだから、あの三人は関係ないでしょ』
『あ』
『…兵助って変なところ抜けてるよね』
目を見開く友人に溜め息をひとつ。それでもその実力が確かなことは、長年の付き合いで誰よりもよく知っている。ついでに言えば、この友人は思考の柔軟性に欠けるということも、彼はよく知っていた。
『棗さん自身を見張っていても情報は得られそうにないし…』
『どうする?』
『…勘ちゃんに任せる。こういうのは勘ちゃんの方が考えるの得意だろ?』
『うーん。…それじゃあさ、こういうのはどうかな?』
鵺の笑みとて愛しと知れば
前(10/25)次