理屈屁理屈となえる頭



「何だよあいつ!あたし、あいつのこと嫌いだ!」
「棗さんが怒るようなことではありませんよ。きっと、私が何かしてしまったんです」
「いいや!そんなんじゃ納得できないね!」


棗さんがひどく憤慨しているのは先ほどのことが原因です。午後の授業がなかった私は棗さんのお仕事の手伝いをしていました。その途中で五年ろ組の教室の下を通ったわけですが…。せめて、道を変えるべきでした。

鉢屋くんの殺気には私もすぐに気がつきました。けれど“悪いもの”に大して異常に聡い棗さんもそれに気づいてしまい、更に言えばそれが私に向けられた殺意であることにも気づいてしまい…。恐らく、鉢屋くんの彼女に対する認識は悪い方へと転がってしまったでしょう。ああ、鉢屋くんが私に対して嫌悪感を隠さないのは一年生の時からですので、驚きはしません。とても悲しいことでは、ありますが。

…下級生、特に一年は組の子たちは棗さんのことを慕ってくれています。他の子たちも少しずつ、棗さんに笑みを向けてくれるようになりました。けれど上の学年になるほど棗さんに対する警戒心は強く、疑念の眼差しも一層強くなっていきます。私が側にいることも理由の一つ。棗さんの勘の良さが悪循環を呼んでいることもまた、事実。


「考えごと?」
「…はい。そんなところです」


私は、彼女の側にいない方がいいのでしょう。分かっていながらそうしないのは恐らく罪。けれど、私の中に元いた場所の面影を見つけては笑う棗さんを、突き放すことができませんでした。


私たちが言葉数少なに歩き、向かった先は用具倉庫。薪を割る斧の切れが悪くなってきたようなので、砥石を借りに来ました。


「ああ、着きましたよ」
「ありがとう。あー…あたしは外で待ってた方がいい?」
「そうですね。すぐに戻って来ますから、少しだけここで待っていてください」
「ん、ごめん」


苦笑しながら頬を掻く棗さんを残し、錠を外して扉を開きます。箱に入れてしまわれた砥石を一つ手に取って、壁に掛けた貸し出し票に必要事項を書き込みました。

…棗さんは意図して、忍の臭いのする場所には近づこうとしません。それは忍たま長屋然り、各教室然り、用具倉庫もまた然り。きっと遠慮しているのでしょう。私たちが嫌がるのではないかと思って。それは事実、賢い判断です。上級生の中には彼女を間者の類いと疑っている者も少なくありませんから。


「…棗さん、砥石の使い方は分かりますか?」
「水で濡らして、力が均等になるように滑らせればいいんでしょ?」
「ご存知でしたか」
「まあね」


砥石を棗さんの手の平に乗せ、用具倉庫に錠をかける。私が彼女に頼まれた仕事はここまでです。ここから先は彼女自身の仕事。…残念ながらこれ以上の手伝いは無用、と釘を刺されてしまいました。

私は大人しく、自室にこもって予習にでも励むとしましょう。




理屈屁理屈となえる頭


(9/25)


色変わりて