夕日に向かって息を吐く。初戦が終わった。俺達の勝ちだ。でも、いろんなことがあり過ぎて、頭がぼんやりしてて、勝った実感はなかった。ちなみに昨日も今日も、


友達を驚かせてください


という四つ目の願いを叶えられていない。もう明日で良いと思ってる。だって皆帰っちゃったし。

初戦の相手は前日の開会式で最初に入場した学校だった。戦国伊賀島。やたらと足の速い連中だった。試合の前には勝負を吹っ掛けられたり、観客席に金髪くんを見つけた俺がパスミスをしたり、それが原因でベンチに下げられたり…。


「うわあ…思い出したくねえ…」


つまるところ、俺にとっては散々な試合だったわけだ。反省点が多すぎて泣けてくる。とにかくこのままではダメだ。もうちょっとフィ、フィ、フィ…なんとか面を鍛えなくてはならない。…頭も鍛えなくてはならない気がするが、それは後回しで。でも、だからと言って何をすれば良いのかが分かっているわけでもなく。俺はトボトボ歩いて溜め息を吐きまくっていた。


「はあ…。俺も円堂みたいな特訓した方がいいのかなあ…」
「片貝先輩」
「いや、でもフィなんとか面?もうメンタルでいいや。まあ、それはある意味秋ちゃんが一番しっかりしてるような…」
「片貝先輩!」
「夏未さんもすごいよなー。お父さんが大変なのに、俺達の前では泣かないようにしてて」
「片貝先輩!!」
「うっへえはい!?」


ぼんやりしていた意識が無理矢理浮上させられる。帰り道、学校から駅までの道のりを一人で歩いていた俺は呼ばれた名前が自分のものであると理解するのに時間がかかった。いや、だって他の皆はとっくに帰ったはずだし、先輩付けで呼ぶ奴なんて一人もいないし…。


「…って、あれ?金髪くん?」
「宮坂です」


振り返った所にいたのはあの金髪くん、もとい、宮坂くんだった。予想外のことにまともな言葉が返せない。少しの間、睨むような目を向けられる。次の反応が得られないことに嫌気が差したのか、宮坂くんが続けて口を開いた。


「片貝先輩、今日はなんで調子が悪かったんですか?」
「…あー、そっか。見てたんだよな、あれ」
「はい」
「…参ったな」


気まずさから逃げるように後ろ頭を掻く。こう言ってはなんだが、俺は彼に対して一方的な苦手意識を抱いている。というより、罪悪感。帝国との練習試合の際、一番初めに風丸に声を掛けたのが俺だったからだ。恨まれても仕方ない。と思ってる。


「歩きながらでいいので、少し話をしてもらえませんか?」
「お、おう」


どうしよう。すげえ逃げたい。…あ、やべ、なんかお腹痛くなってきた…。

宮坂くんは俺の心情を知ってか知らずか。構わず横に並んで駅までの道のりを歩き出した。目線は前に向けられたまま。当然、交わることはない。


「風丸さん、陸上部には戻らないって言ってました」
「そ、そうなんすか…」
「そうなんすか、って…まさか風丸さんから何も聞いてないんですか?」
「え、いや、だって…ねえ?」
「…はあ」


どうしよう。すげえ逃げたい。よくわかんないけどもの凄く呆れられた気がする。いや、それより問題は風丸のことだ。吹っ切れたような顔してたから大丈夫だろうとは思ってたけど、これはサッカー部に残ってくれるってことでいいのか?いいんだよな?


「なあ、風丸は他に何か言ってたか?」
「どうして俺に聞くんですか」
「いや、なんか本人には聞きづらいと言うか…」
「…今はサッカーが楽しいって言ってましたけど」
「ほ、本当か!?」
「あと、『片貝って奴の様子が最近変なんだ』とも言ってました」
「え!?」


またしても予想外。心臓が嫌な音を立てて、肩がびくりと跳ね上がる。風丸が俺の様子がおかしいことに気付いていたことはもちろん、それを宮坂くんに話していたことにも驚いた。むしろビビった。十の願いのことは話すなとは言われていない。でも、話せるわけがないんだ。あんな突飛なこと。

次の言葉に詰まった俺は、驚いた拍子に足まで止めてしまった。横に並んだ宮坂くんが訝し気な目でこちらを見ている。頼む。見逃してくれ。


「俺は本人に直接聞いてみたらどうですか?って答えました」
「……」
「でも、風丸さんは『本人には聞きづらくてな』って言ってました」
「……」
「本当に、二人して後輩の俺を頼らないでくださいよ」
「め、面目ない…」


とうとういたたまれなくなって頭を下げる。宮坂くんはつん、と唇を尖らせてそっぽを向いた。あ、耳が赤い。


「宮坂くんってさ」
「…なんですか」
「本当に風丸のことが好きなんだな」
「誤解を招きそうな言い方はやめてください。尊敬してるって言うんです」
「うん。それ、俺も分かるわ」


ちらりと窺うように向けられた緑の目が、夕日と溶けて不思議な色をしていた。今なら真っ直ぐに彼の目を見れる。苦手意識はなくなった。罪悪感はまだ少し、残ってるけど。それより大きな親近感が、今はある。


「俺も風丸大好きだからな!すげー分かる!」
「そういうこと恥ずかしげもなく言わないでください!」
「いーじゃんいーじゃん。恥ずかしがってると余計勘違いされるよ?」
「だからって…!」


顔を赤くして怒ってると本当に女の子みたいだ。制服着てるから男ってちゃんと分かるけど。そういや風丸も一年の時はもっと華奢で、体操服着て女子と並んでると本当に女の子みたいだったなあ。…言ったら絶対ぶん殴られるけど。


「何ニヤニヤしてるんですか」
「ん、宮坂くんと風丸って似てるなあと思ってさ」
「本当ですか!?」
「うん。素直じゃないとことか」
「…なんですかそれ。素直じゃないのは片貝先輩の方じゃないですか」
「えー、俺すげー素直だよ?」
「素直な人は後輩から気になることを聞き出そうとはしません」
「あはー、言うねえ君も」


一度苦手意識がなくなれば、彼との会話は思った以上に楽しかった。何せ二人とも風丸のことが大好きなのだ。あ、ラブ的な意味ではなく。まあ、そんな二人が揃えば当然、話の中心は風丸のことになる。

風丸は意外と女子が苦手だとか、風丸さんは先輩に負けないくらい足が速いだとか。

俺が風丸と友達になったキッカケは一年の時、席が近くて男子で髪が長いってのが珍しくて声をかけたのが最初で。俺が風丸さんを知ったキッカケは入部してすぐ、タイムを計るのに並んで走ったのが最初で。


結局、帰りの僅かな道のりでは話し足りず、翌日も学校で話し込んでいたらそれを見かけた風丸に心底驚かれた。

ありがとうの文字が、こんなに間抜けに見えたのも初めてかもしれない。





四の願い


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