友達を笑わせてください


それが三つ目の願いだった。俺は風丸を笑わせるべく、朝練で会ってすぐに脇腹をくすぐりまくってやった。たしかに風丸は笑った。だけどありがとうの紙はどこからも出てこなかった。おかしい。なんでだ。


原因は分からないまま、時間だけが過ぎていく。朝練が終わって、昼休みを過ぎて、放課後の練習が始まっても分からなかった。

笑いの種類が違ったのか、シチュエーションが違ったのか。考えても分からない。この願い事ってのも、案外単純なものばっかりじゃないらしい。


「笑いって言われてもなー…あ、悪い半田!ミスった!」
「のわっ!どこ蹴ってんだよ!」
「すまんー!」


ずーっと考え事をしていたもんだから、パスを出したボールが明後日の方向へ跳んでしまった。慌てて走り出した半田を見送って、豪炎寺と練習中の風丸を盗み見る。


昨日、遅れて部活にやって来た風丸の様子は明らかにおかしかった。俺がちょっかい出しても仕方ないなって顔で笑ってくれなくて、少し心配になった。

でも、今の風丸はなんとなく吹っ切れたような顔をしている。必殺技もばっちり。昨日も今日も、あの金髪くんと何かあったんだろうと思う。それが何なのかは、知らないけど。


「片貝?お前もしかしてどこか調子悪いのか?」
「んー。そんなことはないと思うけど」
「おいおい、大会は明日なんだぜ?そんなんで大丈夫なのかよ」


ぼーっと突っ立ていたら、染岡に声を掛けられた。言い方はぶっきらぼうだけど、これはたぶん心配してくれている。と、思う。


「なーに、今度は片貝の調子が悪くなったの?」
「かもしんない」
「原因に心当たりは…って、お前、顔色悪くないか?」
「風邪、引いた…?」
「まっさかー」


染岡に続き、マックスと土門、影野まで集まってしまった。別に体の調子が悪いとかじゃなくて、単に考え事してただけなんだけどな。それに顔色悪いって言われても、自分じゃよく分からない。


「おーい!皆集まって何やってんだよ!早く練習しようぜ!」
「待って、片貝の調子が悪いみたいなんだ」
「何!?本当か片貝!」
「え?いやいや、ちょっと考え事してただけ…」
「どうした?何かあったのか?」


あー…、なんだか収拾がつかなくなってきた。染岡に続き、マックスと土門と影野、更に円堂が来て、一緒にシュート練習をしていた風丸と豪炎寺まで来てしまった。最終的には一年もマネージャーも集まり、練習は完全に中断。うええ、どうしてこうなった…。


「だから、ちょっと考え事してただけなんだってば…」
「体調うんぬんは別にしたって、調子が悪いのに変わりはないだろ?ボールだって変なとこ跳ばすし」
「あ、半田のこと忘れてた」
「忘れるな!」


ボールを持って戻ってきた半田が割と切実に怒った。すまんすまん、と軽く謝るとほっぺたを思いっきり引っ張られる。残念だったな、俺のほっぺたよく伸びるから痛くないんだよ。

全く効き目がないことに最初は悔しがっていた半田も、よく伸びるのが面白くなったか。上に引っ張ったり下に引っ張ったり、へーとかほーとか言いながら遊び始めた。

その横で風丸が何かを考えるような素振りを見せる。そして考えがまとまると、風丸はちょっと難しい顔をした。


「円堂、少し練習抜けてもいいか?」
「ん?何か用事でもあるのか?」
「片貝を家まで送ってくる」
「ああ、そういうことならいいぜ!」
「へ?ひょっとまっ…」
「待つのはお前だ。今荷物取ってきてやるから、そこで大人しく待ってろ」


ビシッと指を差されて、俺はぐっと押し黙る。いつの間にか半田は手を離していて、響木監督の一声で皆練習へと戻って行った。響木監督は明日に備えてさっさと寝ろ、と乱暴に俺の頭を撫でる。浮かんだ疑問符が消えない内に、俺の鞄を持った風丸が戻ってきた。


「片貝。帰るぞ」
「え?マジで?本気?」
「マジで、本気だ。…お前は体調崩すと長引くってことをもう少し自覚しろ」
「…へーい」


仕方なく、皆に謝ってまた明日と手を振って、学校を後にした。

どうやら風丸は俺の心配をしてくれているらしい。それもかなり。だって、取ってきてくれた俺の鞄は持たせてくれないし、歩くペースだっていつもよりずっと遅いし、何よりこうして家まで送ってくれるわけだし…。


「むふふ」
「…何笑ってるんだよ」
「いやさ、風丸さんってモテるでしょ。女子とか後輩に」
「はあ?からかってるのか?」
「からかってないっすよー」
「嘘だ。目が笑ってる」
「微笑ましい目」
「生暖かい目の間違いだろ」


真顔の俺と、目を据わらせた風丸が見つめ合うこと数秒。数秒置いて、二人同じタイミングで吹き出した。風丸といると、こんななんでもないことで笑えるから不思議だ、なんてね。

軽い足取りと夕陽の中で、ちょっと臭いことを考えた俺でした。





三の願い


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