度重なる体調不良。見かねた監督に一度診てもらえと背中を押されてやってきた稲妻総合病院。…って言っても、


「特にこれと言って悪い所はないようですね」
「ですよねー」
「ただ胃に少しストレスがきているとのことなので、胃薬だけ出しておきましょうか」
「ありがとうございます」


とまあ、この程度。胃薬は素直にありがたかった。願いのことに加えて今は風丸と喧嘩中。俺の胃は断続的に刺すような、あるいは捻切るような痛みを訴えている。…やべ、思い出したらまた胃が痛くなってきた。


「はあ…。仲直り出来なかったらどうしよ…」


それは特に何も考えずに出た言葉だった。でも、風丸の笑った顔とあの時の冷たい目を思い出したら自然と足が止まった。どう、しよう。風丸と喧嘩するのはこれが初めてだ。仲直り、仲直りって…どうやってするんだっけ。


(やばい、泣きそう)


歪んだ視界を誤魔化すように、きつく手の平を握り締めた。本当ならこのまま学校に戻って、監督に診断結果を伝えなきゃいけないのに。こんな状態で戻れるわけ、ない。ふらふらと進む足は自然と学校から遠ざかっていて。しばらく歩いたところで、目に入った公園のベンチに座り込んだ。貰ったばかりの薬を途中で買った水で飲み込み、息を吐く。


最近、風丸におはようと言っていない。話しもしていないし、もちろん笑わせてもいない。それどころか目すら合わせていない。胸の奥がすっと冷えていく。風丸は俺が何も話さないことに対して怒ってるみたいだった。…なら、話せばいいのかな。とは思うけど。

話したら、言葉にしたら、俺はもう最後の願いを叶えるまで笑うことができない気がするんだ。





(…もう、五時半か)


ふと時計台を見たら部活終了三十分前だった。病院の待ち時間が長かったせいもある。でも、腰が上がらない。…いいや、響木監督には雷雷軒に行って伝えよう。そう思って視線を手元の薬に移した時だった。


「片貝…!!」


切羽詰まったような声で名前を呼ばれる。ぼんやりとそちらを向けば、橙色に溶けきらない青。揺れて、揺れて、目の前で止まったそれ。俺はただただ瞬きを繰り返した。


「お、まえ…戻りが、遅い、からっ」
「ご、ごめん…」
「よっぽど悪い、病気だったの、かと、」
「ごめ、ん」


膝に手をついて、息も切れ切れにそう言われて。顎を伝って落ちた汗が地面の上に丸い染みを作った。ああ、そっか。この公園、学校と病院の間にないもんな。ずっと、探してくれてたんだな。

風丸は何度か肩で息を繰り返した後、すっと顔を上げて俺を見た。暖かい、夕陽色の目だ。


「…もう、これ以上心配掛けないでくれ」
「ごめん…ごめん、風丸」


ぱたぱた。続けざまに雫が落ちて、丸い染みが重なった。それでも今風丸から目を離してしまうのはもったいない気がして、必死に見続けた。ぼやけた視界じゃ、風丸がどんな顔をしているのかも分からなかったけど。


「そんなに泣くな」
「だ、だって、俺、」
「はあ…。俺が何に対して怒ってたのか、ちゃんと分かってるのか?」
「俺が、何も、言わないから」
「半分当たりで半分はずれ」


未だ止まる気配のない涙。風丸はまくっていたジャージの袖を引っ張って俺の目元へ押し付けた。


「言えない理由があるのは分かってる。それは全部終わったら話してくれるんだろう?」
「う、ん」
「俺が怒ってるのは、体調が悪いのを言わなかったこと」


風丸の手が一度離れて、今度は親指で目元を拭われる。もう少し頼ってくれてもいいんじゃないか。風丸はそう言って、悲しそうな顔で笑った。どうしようもない。どうしようもない気持ちが溢れ返る。止まりかけた涙が、また零れた。


「あーあ。せっかく止まりかけたのに」
「だって、風丸が…!」
「ほら、さっさと泣き止んで円堂んち行こう。土門と秋がアメリカにいた頃の友達が来てるんだよ」
「そう、なの?」
「ああ。一之瀬っていうんだ」
「サッカー、やってる?」
「かなり上手い」


それを聞いてごしごしと強めに目元を拭った。アメリカのサッカーの話、ぜひとも聞いてみたい。急に慌て始めた俺を見て、風丸はもうこれ以上走らせるなと溜め息を吐いた。代わりに学校まではその一之瀬って奴のことをいろいろ話してくれた。もちろん、俺は病院の診察結果だったり胃痛のことだったりをきちんと伝えた。





友達と仲直りしてください。


それと、ありがとうの文字。薬袋の中でかさりと揺れたのに俺が気付くのは、もう少しあと。





八の願い


topbox10wish