俺はそろそろ、限界が近いのかもしれない。




友達と喧嘩をしてください。




部活から帰ってこの願いを見付けた時、ぼろぼろと涙が零れた。無性にやるせない気持ちになったからだ。

最初の内は良かった。挨拶しろとか、話せとか、笑わせろとか。そんなの毎日やってるようなことだし、苦にもならなかった。だけど願いの内容が段々難しくなってきて、ついには泣かせろと言われて…。あれには参った。風丸の泣き顔見たのなんて初めてだったし。どうしようもなく胸が苦しくなった。

だから、あんな願いはもうあれっきりにしてほしかったのに。


(喧嘩なんて、したくない)

(…だけど、喧嘩しなくちゃいけないのかな)


そればっかりが頭を占める。元々ストレスが胃にきやすいタイプだった俺は、すっかり食欲がなくなってしまった。普段の半分の量すら喉を通らない。胸と腹の奥がずしりと重い。父さんも母さんも、妹も心配している。次が準決勝だと思うと緊張しちゃってさ、なんて誤魔化してみたけど、きっと上手く笑えてなかっただろうな。








「…くん、片貝くん!」
「へ?…あれ?秋ちゃん?」
「大丈夫?顔、真っ青よ」
「あ、ああ…なんか、緊張しちゃって」
「もう。あんまり無理しないで、しばらくベンチで休んでて」


ぼーっと、頭上の青を眺めていた。流れる雲の動きはとても穏やかで、変わっていないように見えて変わっていく形が面白い。でも今は練習中で、大事な試合も近くて、とてもぼーっとしていられるような余裕はない。…ってのは分かってるんだけどなあ。頭が全然回らない。


「片貝せんぱーい!膝枕してあげるんで早くベンチに来てくださーい!」
「春奈っ!?」
「あはは、そりゃ早く行かない、と、」


メガホンで冗談を飛ばす春奈ちゃん。有人お兄ちゃんが焦ったようにそちらを見る。鬼道は本当に妹が大切なんだなあ、なんて頬を緩めて一歩。

急に視界が白く飛んで、天地の区別がつかなくなった。平衡感覚を失った体が傾く。慌てて手を出したお陰で地面にぶつかることはなかった。けど、全身に力が入らなくて立てそうにない。嫌な音を響かせ、暴れる心臓に手を当てる。どくり、どくり。ああ、そうか、


(もう、時間がないのか)


皆の俺を呼ぶ声が、遠い。自分じゃ処理しきれないほどの感情が胸の内に溢れ返っている。誰かが肩を貸してくれて、ベンチまで覚束ない足取りで進む。まだ、体は言うことを聞かない。

ベンチに横にされた後は、誰かのジャージを枕代わりにして保健室の先生が来るのを待った。側にいるのは風丸だ。空に溶けそうな青が、静かに揺れている。


「片貝」
「…な、に?」
「お前は、それでも何も言わないつもりなのか」
「かぜま、」
「…もういい。勝手にしろ」


ゆらゆら。揺れていた青が遠ざかる。代わりに来た半田がお前ら喧嘩でもしたのか?と首を傾げた。そっか、俺達、喧嘩したのか。

胸の内は相変わらず訳の分からない感情で溢れ返っていたのに。急に軽くなった体が、どうしようもなく憎らしかった。





七の願い


topbox10wish