Precious memories



「ねえ佐久間、たんこぶできてる。ここ、痛い」
「自分でぶつけたんだろ」
「覚えてないー…」
「「………」」


集会後、ぞろぞろと連れ立って部屋へ戻る。この後は支度ができた班から順に自由行動。ホテルからそう離れていない場所に土産屋が並ぶ通りがあるので、班ごとにそこへ向かうことになっている。

少しでも早くホテルを出ようと急ぐ者、時間はあるのだしとのんびり支度する者、人が空くまで待つ者、皆それぞれだ。逸希達は飛行機でもらったバームクーヘンをつついてからホテルを出た。鬼道もお気に召したらしく、普段より逸希に対する態度が柔らかい。


「どうしても頭が痛むなら氷嚢でももらってくるか?」
「ううん!鬼道が優しいからいらない!」
「アホか」
「ははは…」


飛び付きに行っても振り払われることがほとんどな逸希。それがないのが余程嬉しいのか、鬼道のマントの端っこを掴んでいつも以上に締まりのない顔で笑っていた。

鬼道も不思議と鬱陶しい、とは思わなかった。代わりにどういうわけか“懐かしい”という感情が沸き上がる。そして自分自身でなぜ、という問いを心の内に落とすより早く、


「なんだか鬼道、お兄ちゃんっぽいね」


と、横に並んだ逸希が言い放った。その言葉に皮膚の表面を電気のようなものが走る。

まだゴーグルもマントもない、鬼道ですらなかった頃の話だ。親をなくして、二人寄り添って生きていた。鬼道になった彼が今、どこで、何のために、何をしているかなど、


(春奈は、知らないんだろうな)


自分より背の高い、それも男に大切な妹を重ねるなんて、どうかしている。そうは思うが、思い出せば思い出すほど彼には逸希の顔が妹と重なって見えた。理由は、分からない。


じっと逸希を見詰めたまま動かない鬼道に他の三人は揃って首を傾げる。何度か名前を呼んで、止まっていた足がようやく動き出した。しかし、


「鬼道?」
「…なんだ」
「手」
「手?」
「いいの?」
「……!!」


無意識に、昔の癖で逸希の手を握っていた。自分の後ろに隠れて服の裾を引っ張る妹の手を、握り締めることで立たせた。前を向かせた。…いや、でもそんなのは何年も前の話だ。


「俺は別にいいけどね!」
「あ、暑いから離せ…!」
「じゃあマント掴む!」
「一人で歩け!」
「ヤダ!」


だって、鬼道の目が寂しいって言ってたよ。

逸希は聞こえるか聞こえないか、くらいの小さな声で呟いた。後ろにいた佐久間と源田には聞こえなかったらしく、鬼道から離れない逸希を冷ややかな目で見ている。

手を握ったのは鬼道だ。でも今、手を握り締めているのは逸希だ。普段の行いから言っても、鬼道に非があるとは考えていない。

鬼道は三人を交互に見比べ、深い溜め息を吐きながらマントを翻した。


「好きにしろ」


と、背中越しに告げたのは、せめてもの強がりだったかもしれない。



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Precious memories
(大切な思い出)

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(7/25)


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