You're very defiant
修学旅行の話を聞いてから、分かりやす過ぎるほどに浮かれていた。
「沖縄って九月でも海に入れるんでしょ？」
「ああ。たしかシュノーケリングも予定に入っていた」
「良いね！キレイな魚いっぱい？」
「たぶんな」
暇さえあれば、こうして前の席の源田に話し掛けている。何度繰り返したか分からないような話題ばかりだが、逸希も源田も大して気にならないらしい。表情は常に柔らかい。
「まあ、もしシュノーケリングができなくとも三日目には水族館に行くから…」
「水族館！？ペンギンいる！？」
「あ、」
「……ペンギン、だと？」
少し離れた位置で鬼道と談笑していた佐久間の耳がぴくりと動き、源田の顔がマズイ、とでも言いたげに引きつる。逸希はよく分からず首を傾げた。
「おい三原、お前今ペンギンって言ったか…？」
「え、うん」
「馬鹿が！！」
「ええ！？」
えらく据わった目で近付いてきたと思ったら、これだ。胸倉でも掴み上げてきそうな勢いにさすがの逸希もたじろいだ。
「さ、佐久間、なんでそんなに怒ってるの…？」
「水族館にはペンギン様の餌しかいねえんだよ！！」
「それはあんまりだよ！！」
理由は分からない。が、とりあえず理不尽。
掴みかかろうとした佐久間を鬼道が押さえる。しかしそれすら振りほどかれ、慌てた源田がフォローに入る。キーパーで鍛えられた腕力に敵うはずもなく、脇の下に入れられた腕に持ち上げられて、佐久間はじたばたと足を振って抵抗した。
「三原！今の佐久間にそれは禁句だ！」
「え？え？それって…ペンギンのこと？」
「貴様ああああ！！」
「離せ源田！…鬼道、やっぱり俺は例え一人でも北海道に行く！！」
「諦めろ！もう行き先は変えられないんだ！！」
やいのやいの。すっかり二人で盛り上がってしまって、逸希はなんだかんだで蚊帳の外。楽しそうだね、なんて話を振られた源田は佐久間を抱えたまま、そうか？と不思議そうに首を傾げる。二人ともどこかずれている。
源田の気が逸れて腕の力が緩んだ隙に佐久間が逃げ出した。よく分からないが先生に直談判に行くだのなんだのと叫んでいる。それを止める鬼道も必死だ。
「まあ、佐久間もあれで必死なんだ」
「ペンギンと北海道、何か関係ある？」
「ああ」
諦めたのか、諦めていないのか。ペンギンペンギンとうわ言のように繰り返す佐久間は少し怖い。その肩を叩いて宥める鬼道は疲れたような顔で。それらをぼんやりと眺めた後に源田がぽつりと話し出した。
「修学旅行の行き先は一学期にアンケートを取って決めたんだ」
「へえ、そうだったんだ」
その頃は向こうのスクールに入学して、新しい友達が沢山できて、ずっと病院に通っていた友達もすっかり元気になって…。ああ、久し振りに皆の声が聞きたいな。
少しだけ感傷に浸ったけれど、瞬き一つで振り払う。特に表に出して様子が変わったわけでもなかったので、源田は気付かずに一つ二つと指を折った。
「選択肢には沖縄以外に京都と北海道があった」
思い出すように斜め上へと流された視線。折られた指は一度開かれて、ぱたりと膝の上に落ちた。いつのまにか彼はきちんと自分の席に座っていたが、逸希は軽い掛け声と共に窓枠へ身を乗せる。
「でも、なんで佐久間は北海道にこだわるの？」
「どうしても行きたい動物園があったらしい」
「I see.きっと佐久間にとっての特別だったんだね」
三人ともクラブで忙しそうだし、と眉尻を下げる逸希。すぐに天井を仰いでしまったせいで、その後にどんな顔をしたのかは分からない。
逸希は未だどの部にも所属していない。特にこれといってやりたいものがなかったからだ。転入して一週間が経ち、体育の授業も何度か受けた。そして基本的に器用な彼はどの競技もそつなくこなしていた。人懐っこい性格もあり、いくつかの部から勧誘も受けた。
それでも断り続けていた本当の理由は、少しでも彼らと長く一緒にいたかったから、なのかもしれない。彼らが合わせられないのなら、自分が合わせようと。
「…うーん、そうだな、どうしようか」
「三原…？」
「北海道は無理でも、隣の県くらいなら行けるよね？」
だからさ、沖縄から帰ってきたら皆で動物園に行こうよ。もちろん、ペンギンのいる所に。
と、明るい声で笑ってしょげる佐久間の背中に飛び付きに向かった。すぐに肘で押し退けられたが、逸希は懲りずにがっしりと抱き着く。
「お前に言われなくともそうするつもりだッ！！」
…なんて怒鳴る佐久間に、ああ、素直じゃないなあと頬を緩めた。
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You're very defiant
（君は素直じゃないなあ）
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