Confidential talk
「知ってるか?ペンギンって飛ぶんだぜ?」
順当に水族館内を回り、目的のペンギンがいるブースを目指す四人。佐久間は逸希にだけ聞こえるように、小さな声で言っていたずらっ子のような笑みを浮かべた。
逸希は瞬きを繰り返し、本当に?と佐久間の瞳を覗き込む。そして佐久間は本当に、と言って頷いた。
「飛ぶのは空じゃないけどな」
「ん?」
「ペンギンは水の中を“飛ぶ”んだよ」
ペンギン、と聞くと覚束ない足取りで列を成して歩く姿が思い浮かぶ。もちろんその姿はたまらなく可愛いし、佐久間や逸希だけでなく、世間一般的に見ても胸にくるものがあるはず。水中の姿はつい意識から離れがちだが、佐久間曰く、
「あれを知らない奴は人生損してる」
らしい。ちなみにその論理で行くと逸希も人生を損していることになる。佐久間の言葉を鵜呑みにした逸希は途端に慌てだし、どこに行けば見れるかと尋ねた。
水族館のペンギンはどちらかというと歩く姿を売りにしていて、大きな水槽で泳ぐ姿というのはなかなか見れない。ましてや逸希は帰国して間もない。日本にどういう水族館があるかもよく知らないだろう。佐久間は思案するように顎に手を添えた。
「俺も実物は見たことないんだけどな」
「えっ」
「前にテレビで特集やってて、それを録画したやつがある」
「見たい!俺も見たい!」
「おま、近えよバカ!!」
詰め寄ってきた逸希の頭を佐久間が叩き落とすと、前を歩いていた鬼道と源田も二人がいつものように騒ぎだしたことに気付いた。ほどほどにしろよと笑いながら宥めて終わる辺り、このやり取りにもすっかり慣れてしまっている。
通り過ぎる水槽を横目に見て、逸希から視線を逸らす。水槽にぼんやりと映り込んだ逸希は瞬きも少なに水面を見上げていた。
「お前が何考えてるか、当ててやろうか」
「うん!」
「飛ぶペンギン想像してただろ」
「How did you guess!?」
「…お前の考えそうなことくらい分かるっての」
前を歩く二人に遅れないよう、少し駆けて追いつく。呆れ顔の佐久間の視線が斜め上へ動いた。
「仕方ねえから今度DVD貸して…いや、いっそ俺の家に泊りに来るか?」
佐久間としては、ただなんとなく思いついたことをそのまま口にしただけ。しかし逸希にとっては違う。元々大きな目を更に見開いて、首を竦めるようにして唇を震わせる。本当は叫びたかったのだろう。ぐっと力を込めて口を閉じると、今度はだらしないほどに破顔した。
緩みきった目元と口元。全身から嬉しいという気持ちが溢れている。
「行ってもいいの?」
「騒がないなら」
「じゃあ俺、大人しくする!」
「今騒ぐのもなしな」
「ん、分かった」
一度は引き結んだ唇もすぐに綻ぶ。
水槽の中で踊る熱帯魚に負けないくらい逸希の足取りも軽い。佐久間はてっきり鬼道や源田も誘おうと言い出すかと思っていたが、二人に機嫌のいい理由を聞かれても秘密と答えるだけで何も言おうとしない。
顔を見合わせて首を傾げる鬼道と源田。それがなんとなく面白くて、佐久間は口端を持ち上げるようにして笑った。
「まあ、たまにはこういうのもいいだろ」
「佐久間も機嫌が良さそうだな」
「…べっつに」
「はは、素直じゃないな」
照れがあるのか、佐久間の頬に赤味が差す。しかし手が出ない辺りは逸希との扱いの違いだろう。
誤摩化すように時計を見てペンギンショーまで時間があまりないことに気づくと、佐久間は隣にいた逸希の腕を掴んで走り出した。水族館には変わりないのに、沖縄のときとはずいぶんと雰囲気が違う。
“ペンギンがいるから”
果たしてそれだけだろうか?
「…後で、逸希にでも聞いてみるか」
「鬼道?」
「源田は気にするな。俺たちも急ごう」
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Confidential talk
(内緒話)
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