Warmth of expression



ばさばさばさっと山のように積まれたのは、水族館と動物園のパンフレットだった。


「約束通り、ペンギン見に行くよ!」


テスト返しも全て終わり、ようやく一息つけたと思った頃。逸希は待ってましたと言わんばかりにそう切り出した。

一瞬、何を唐突にと思ったかもしれないが、修学旅行前に逸希は“沖縄から帰ってきたら皆で動物園に行こうよ”と言っている。もちろん、目的は佐久間ご希望のペンギンを見るため。パンフレットの量からするに、どうやら沖縄に行く前から集めていたようだ。


「お前、こんなに集めたのか……」
「都内だけじゃなくて、遠い所のもあるんだけどね」
「俺、行きたい所がある。横浜の方の……」
「OK!たぶんこの中にあるよ!」


心なしか、佐久間の周りに花が飛んでいる。珍しく逸希のこともないがしろにしていない。

ペンギンは動物園、水族館の両方において人気の高い動物であったから、表紙からすでに可愛らしいペンギンのイラストや写真が並んでいる。それが佐久間の機嫌を更に良くさせたのかもしれない。


「佐久間が大人しくしてるっていうのも、なんか珍しいな」
「それを珍しいと思うのもおかしな話だが……。たしかに珍しい」


本人に対して珍しいなどと言ってからかえば、すぐにいつもの調子に戻ってしまうだろう。それではなんだか逸希が不憫な気がして、源田と鬼道は少し離れた場所から二人を眺めていた。他のクラスメイトもまた然り。

二人ともパンフレットに夢中で、周りやお互いがどんな表情をしているか気づいていない。いや、佐久間の表情の違いに気づいているのは周囲を含めても鬼道だけだったかもしれない。


(どことなく…柔らかいような)


最初に感じた違和感は、佐久間が大人しくしているからだろうと思った。しかし、違和感の原因は佐久間の表情にあった。

いつもよりほんの少しだけ柔らかい、温かみのある表情。単純にペンギンのせいなのか、あるいは、


「なあ鬼道、休みになるのってたしか来週だったよな?」
「あ、ああ…。今週は他校との練習試合があるが来週の日曜日は休みだ」
「んじゃ来週の日曜日で決定な。二人とも予定入れんなよ」
「Don't be late!」
「お前じゃあるまいし遅刻なんかするかよ」
「俺だってしないよ!」


鬼道が感じた違和感はすぐに消えた。佐久間はまたいつものように皮肉交じりの言葉を返して顔をしかめている。相変わらず、仲がいいのか悪いのかよく分からない二人だ。

すぐにまた二人でパンフレットを覗き込み、あれやこれやと話し始めた。なんだかんだ言っても楽しそうにしているから、このまま二人に決めてもらうのもいいだろう。


「鬼道は来週の日曜日空いてるのか?」
「もともと大した用事もなかった。修学旅行から日が開いていないのは気になるがな。そういう源田はどうだ?」
「俺は部活がなければいつだって暇だ」


そう言って源田は朗らかに笑う。年頃の男四人で水族館だなんて普通は嫌がりそうなものだが、源田は全く気にする素振りもみせない。逸希はあれだし、佐久間も好きで見に行くのだから気にしていない。周りから浮くだろうなと考えて苦笑するのは鬼道くらいなものだ。

パンフレットや携帯電話、スケジュール帳などと睨めっこしていた逸希。鬼道の内心を知ってか知らずか、彼は屈託のない笑顔で手招きをする。


「場所決まったよ!横浜の水族館でね、十時からやってるみたいなんだけど、何時に着くように行く?」
「ちなみにここからだと一時間半くらいかかる」


パンフレットの簡易地図、スケジュール帳に付いている路線図を並べて、逸希と佐久間は自分たちは何時でもいいと口を揃えた。源田は空いている椅子を引き寄せて座り、鬼道は窓枠へともたれかかる。

日曜日とは言え、大型連休ではないから水族館もそれほど混まないだろう。そんなに早く出る必要もないんじゃないかと鬼道が提案すると、一番家の遠い源田を逸希が気遣った。しかし、源田を始めとしたサッカー部員は朝練で早起きに慣れているのだから問題ない。


「じゃあ九時にここの駅集合にするか」
「OK!」
「ああ」
「それくらいが丁度いいかもな」


佐久間が適当な時間に決めて、他の三人もそれでいいと頷く。

待ち遠しいね、と笑う逸希の顔は修学旅行前のそれと同じくらい楽しそうだった。



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Warmth of expression
(表情の優しさ)

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