Eye-opener



「俺は今、裏切られた気持ちでいっぱいだ」
「誰に?」
「お前にだアホ!」
「えっ!」


テスト前の部活動休止期間が三日間。そして本番のテストが二日間。修学旅行から帰ってすぐでテスト勉強の期間が短かったこともあり、前回に比べると学年全体の平均点は低かった。鬼道や佐久間は普段通りの点数だったが、周りは答案用紙を受け取るなり肩を落とす者の方が圧倒的に多い。

そして当然、逸希も同類だろうと佐久間は何の気なしに答案用紙を覗き込んだのだが……まあ、結果として裏切られてしまった。


「……なんでお前が96点なのか心底理解できねえ」
「俺、勉強得意だよ!」
「嘘吐けええええ!!普段のお前のどこに知的キャラがあった!言ってみろ!アホの塊みたいな顔しやがって!!」
「ええ!俺そんなにアホっぽいの!?」


アホっぽい、と言うよりは頭が悪そう、もしくは何も考えてなさそうなイメージ。

いつものように騒ぐサッカー部(主に逸希と佐久間)のやり取りをなんとなく見ていたクラスメイトは、近からずも遠からずな印象を逸希に抱いていた。当の本人は何がそんなにアホっぽいのかを本気で考え込み始め、周りはそんな逸希を苦笑しながら眺めている。


まず顔。あと言動と行動。雰囲気もそうだしなんかもう全部アホっぽい。考えるだけ無駄。

額を小突きながらそれだけのことを佐久間はつらつらと言い並べた。二人の関係を知らない人が聞けばただの悪口にしか聞こえなさそうだが、からかいの色を含んでいるので逸希も周りも怒ったりしない。


「まあ落ち着け佐久間。逸希は“転入生”だから勉強ができて当然だ」
「ん?転入生って頭が良いものなのか?」
「そうなの?鬼道」


源田、逸希…二人揃って首を傾げるな。そんな意味を半分ほど込めて鬼道は溜め息を吐く。もう残りの半分は、お前たちは二人揃うといつもこれだ、という呆れ。佐久間は鬼道の言わんとする意味が分かったのか、ああ、と納得したような顔をした。


「そういやお前、編入試験パスしたんだよな」
「うん!難しかった!」
「編入試験の難易度は入試の比じゃねえはずだろ。難しかったで済ますな」
「いてっ」


学力、部活動ともに全国トップクラスの帝国学園。当然、その狭き門をくぐるのは至難の業。普通に受け入れたとしても中途半端なレベルではすぐに振り落とされてしまうし、帝国の排他的な体質から言えば弱者はそもそもお呼びでない。この学校で元々空いていない所に後から席を作るというのは、それだけの意味があったのだ。

その狭き門を飛び越えて来たような逸希だが、それを全く感じさせないのもある意味才能かもしれない。佐久間はなんとなく疲れてしまい、溜め息を吐いて話に区切りをつけた。


「はあ……。なんかお前といると疲れる……」
「俺は佐久間といると楽しいよ?」
「はいはい。あー、あと源田も源田だ。お前いつもより点数高くないか?」
「それは俺も気になっていた」


テスト前はあれだけ焦っていたから、てっきりいつもより酷い点数だと思ったのに。答案用紙を返され、源田は席に戻るなり逸希と小さくハイタッチを交わしていた。佐久間も鬼道も件の“恥晒し”のことを心配していただけに、この結果はとても気になる。

聞かれた源田は逸希を見て、見られた逸希はにまーっと笑って源田の背後に回る。なんとなく腹の立つ顔だったので、とりあえず佐久間は逸希の頭を殴っておいた。


「今回は逸希に助けてもらったんだ」
「逸希にぃ?」
「Just a titch!」
「源田、日本語訳」
「ほんの少しだけ。でも応用とか、いろいろ教えてもらったから」


やっぱり逸希のお陰だ。

そう言って、源田はつい幼い子供にするように逸希の頭を撫でた。どうせまた締まりのない顔で笑うだろう。三人ともそう予想していたのだが、意外にも逸希の反応は違った。


「えっと……あ、うん。You are welcome...」


顔を耳まで真っ赤にして、視線を左右に泳がせて、両手の指先を合わせたり離したりを繰り返す。つまり、ものすごく照れている。

これを見た三人は思考は愚か動きまで停止してしまった。それくらい、予想外の反応だった。

普段は一緒にいるこっちが恥ずかしいくらい騒いでるくせに、なんでこんなことで。何がそんなに恥ずかしかったんだ。わけが分からない。



逸希は、単純に感謝されることに慣れていなかった。その性格と印象故に人に頼られることも少ない。だから、人に頼られて、感謝されたりするとどう反応していいか分からなくなってしまう。嬉しいことには間違いないのに、その“嬉しい”がいつものように外に出せず、内側で溢れるように溜まった結果がこの“照れ”。

もっとも、この照れが出て一番恥ずかしいのは周囲の人間だったりする。現に耐え切れなくなった佐久間が逸希の真っ赤になった耳を両手で隠しているのがその証拠。


「おっ前なあ……!照れんな!気持ち悪ぃ!!」
「だ、だって俺、あんまり人に頼られることってないから……」
「し、お、ら、し、く、なるな!こっちが恥ずかしいだろ!」
「えっ!なんで!?」
「なんでもだよ!!」


またいつものように騒ぎ始めた二人のお陰で、鬼道と源田は少しだけ冷静になれた。自分の立場を客観的に見れれば落ち着くものだ。

そして、もうすぐ授業が始まるからな、と鬼道が引き離す頃には佐久間の耳もすっかり赤くなっていたとかいなかったとか。



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Eye-opener
(意外なこと)

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(22/25)


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