Tickle sensation



学校が終わって真っ直ぐ帰宅。母親には泊まりに行く旨を予めメールで伝えていたので、荷物を詰めるなり家を飛び出した。教科書やノートの沢山詰まった鞄は重いはずなのに、逸希は大して気にも留めずに走った。

途中までは通学の時と同じルートだ。学校の最寄り駅の四つ手前で電車を乗り換えて、そこから更に五駅。言われた改札を抜ければ、源田の姿はすぐに見つかった。逸希は嬉しそうに顔を綻ばせながら駆け寄る。


「着いたよ!」
「はは、見れば分かる」
「待った?」
「いや、俺もさっき来たばっかりだから」


二人は源田の家の最寄り駅で待ち合わせをしていた。逸希は約束の時間より一本早い電車に乗ってやってきて、源田はそれより更に五分早い時間に来ていたわけだ。

そしてさりげなく荷物を受け取り、車道側を歩く源田に他意はない。逸希はにこにこと嬉しそうに笑うばかりで彼の気遣いを深読みすることもしない。つまり、彼らは天然同士でなんやかんやバランスの取れた関係なのである。


「この鞄、やけに重くないか?」
「そう?教科書と、ノートと、ワークと、着替えとー…歯ブラシセットと、日記と、辞書と…」
「辞書なら俺のがあるから良かったのに。重かっただろ?」
「ううん。あんまり」
「逸希って意外と力あるんだな」
「強い子!」
「うん。強い子」


その他にも授業のこと、友達のこと、部活のこと、自分のこと。いつものように二人で話をしながら歩けば家に着くのもすぐだった。

家に着き、源田が玄関の鍵を開けて控え目なただいまと元気の良いお邪魔しますで家に上がる。けれど家の中はしんとしていて、返ってくる声は一つもなかった。


「親はどっちも働いてるからもう少ししないと帰ってこないんだ」
「兄弟とかは?」
「兄貴が一人。バイトじゃなければ…夕飯までには帰ってくると思う」
「そうなんだ」


源田の部屋は二階に上がって廊下を右に曲がってすぐの部屋。彼の部屋はやはりと言うかなんと言うか、すっきりと片付いた部屋だった。家具も少なくシンプルなものが多い。部屋の隅に転がるサッカーボールや机の上のグローブが辛うじて年相応の部屋に見せているくらいだろう。


「源田の部屋、キレイだね。俺の部屋もっと散らかってるよ」
「まあ、元々物が少ないからな」
「うーん、俺ダメ。ちっちゃい頃の物とかも、もったいなくて捨てられない」
「それはきっと悪いことじゃない」
「本当にそう思う?」
「ああ」


鞄からノートや筆箱を取り出す手を止めて、逸希は真っ直ぐに源田の目を見つめた。見つめられた源田は朗らかに笑い、幼い子供にするのと同じように逸希の頭を撫でた。反射的に首をすくめたが、やはり顔は嬉しそうに笑っている。


「That tickles!」
「ん?」
「くすぐったいって意味!」
「なるほど」


ノートを開いてペンを取り出し、スペルを読み上げながら文字を綴る。tickleはくすぐったいとかムズムズするって意味。面白がらせるとか喜ばせるって意味もあるから、明るい言葉だよ。逸希はむん、と鼻息を荒くして満足げに書いたばかりの文字を眺めた。

…と思ったら、悪戯っぽく笑って“だからこれもtickle!”と源田の脇をくすぐりにかかった。

普段から会話の端々に英語が混ざる逸希。実は流暢な発音のせいでいまいち意味が分かってもらえず、流されてしまうことも多い。けれど改めて文字に起こして、それと一緒に音を聞けば難のことはない。割と簡単な述語が多いことに源田は気づいた。

ちなみに源田はくすぐりに強いので逸希の仕返しは失敗に終わっている。


「それより勉強しないと」
「あ、忘れてた」


話が脱線しがちなのも、この二人にはよくあること。



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Tickle sensation
(くすぐったい感じ)

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(20/25)


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