See you again



長かった修学旅行もいよいよ終わり。三日間ほどお世話になった部屋を出る時、逸希は少し寂しそうな顔をした。他の三人もどことなく寂しそうな顔で笑っていたから、同じような心境なのだろう。自然と“また来よう”という言葉が口を突いて出た。

それから一行は首里城へ。最後の観光地で皆惜しむように沢山の写真を撮る。鬼道の真っ赤なマントに隠れた逸希が、


「隠れ身の術!」


なんてやって怒られたりもしたが、特に問題もなく観光は終了。空港へ向かうバスの中に話し声はあまりなく、過ぎていく窓の外の景色を眺める者が大半だった。そうして来た時と同じ空港へ着き、逸希は約束通り電話を掛けている。


「もしもし条介?今空港に着いたよ!」
『おっしゃ、んじゃ今からそっち行くわ。どこら辺にいる?』
「まだ中入ってないー」
『ん?もしかしてあの集団か?』
「え!どこ?近く?」
『おお、やっぱそうだ!』


おーい逸希ー、と呼ぶ声が、携帯とは別の位置から聞こえる。右に左に首を動かし、佐久間に指を差されてようやく後ろを振り向いた。そこにあった姿に逸希は満面の笑みを浮かべる。


「条介!それにおじいちゃんとおばあちゃんまで来てくれたんだ!」


見送りに来たのは綱海、それに綱海の祖父と祖母。まさか二人まで来てくれると思っていなかった逸希はニコニコと本当に嬉しそうに笑い、彼らの両手を順番に握り締めた。


「おう、お前も会いたいって言ってたからな」
「驚いたわあ。本当に逸希くんとお友達になったのね」
「いやあ、本当に。こりゃ条介に感謝せんとな」


条介お手柄、と逸希にはやし立てられ、綱海はまんざらでもなさそうな顔。少しだけ照れを隠すように鼻の下を擦り、次いで沖縄の太陽のような笑みを浮かべた。


「本当は俺がいろいろ案内してやりたかったんだけどな。お前ら修学旅行だし」
「うん。結局、会って話したのって最初のだけだもんね」
「そうなんだよなー。ま、次来る時はもっと面白い所教えてやるからよ」
「いいね!じゃあ条介が東京来たら俺が案内するよ!」
「ん、よろしく頼むわ」


話したいことは沢山ある。けれど時間はない。順番に到着したバスから生徒が降り、点呼も終わって列が空港内へと動き出した。そろそろ行くぞ、と控え目に声を掛けられて、逸希の顔はホテルを出た時と同じようなものに。

逸希は嬉しい時、悲しい時、感情を全身で表す。それは外人特有のオーバーなリアクションというわけではなく、ただ感情を隠さず垂れ流しにするようなイメージ。今は全身から“寂しい”という雰囲気が出ていた。

…実は、これがお年寄りをはじめとした年上の人によく効いたりする。綱海一家もまたしかり。


「そんな顔すんなって、電話もメールもまたするからよ」
「んー…。俺もいっぱい送る」
「私達のことも忘れないでおくれよ?」
「Of cource!絶対忘れない!」
「条介はあれを渡すの、忘れないでね」
「おお、そうだった。ほら、これ母ちゃんから」
「ん?」


祖母に言われて差し出された袋。袋の中には紙袋に包まれた何か。その中身が分からず、逸希は首を傾げる。綱海は一緒に袋の中身を覗き込むと、がさごそと紙袋の封を開けた。


「サータアンダギーって言ってな、沖縄のお菓子」
「さーたあんだぎ?」
「そ。まあ、穴のないドーナッツみたいなもんか?」
「穴のない、ドーナッツ…」


どこかで聞いたフレーズだ。そう思った逸希はサータアンダギーとにらめっこをしながら記憶の引き出しを片っ端から開けていく。昨日今日ではないけれど、そんなに昔ではない。つい最近、女の人の声で、朝早く、外で…。




「私あれがいい。穴の空いてないドーナッツみたいなの」




「ああああ!!!」
「な、なんだよ急に…どうかしたか?」
「Thanks!!条介大好きいい!!」
「はあ!?」
「「「なっ…!」」」


思い出した。サータアンダギーは姉に買ってきてと頼まれていたお土産だ。

逸希はそのことを今の今まですっかり忘れていた。一応お土産自体は買っていたが、それはちんすこうやら地域限定の市販のお菓子といったもの。肝心のリクエストの品は買いそびれていた。

感極まった逸希はいつもの調子で綱海に抱き着く。あらあら、と微笑ましく見守る老夫婦は良い。が、あからさまに顔をしかめた鬼道、佐久間、源田の三人にとってはよろしくない。


「…逸希、さっさと行くぞ。列から離れてる」
「荷物は俺が持つ」
「じゃあ、俺達は飛行機の時間があるんで。失礼します」
「お、おう…。またな、逸希」
「See you again...」


鬼道が逸希の襟首を掴み、源田が荷物を持ち、佐久間が老夫婦にだけ頭を下げる。わけのわからない綱海はぼんやりと手を振り、逸希はずるずると引き摺られながら振り返した。


「逸希くんは人気者なのねえ」
「うちの条介と一緒だな」


くすくすと楽しそうに笑う老夫婦と呆けたままの綱海を残し、四人はその場を後にする。

最後の最後まで落ち着きなく慌ただしい修学旅行だったが、それはそれで楽しかった。そして四人はもう一度“また来ような”と青い海に手を振った。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
See you again
(また会いましょう)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(17/25)


topboximprinting