You must be tired



机の上でうー、うー、と唸るような音が断続的に鳴り響く。一分ほどで静かになったが、五分後には再び、振動音。気になって仕方がない。更に言えばひっきりなしに掛かってくるので、正直、怖い。


「…なあ、これ三原の携帯だよな?さっきから鳴りっ放しなんだけど」
「ああ、俺も気になっていた。三原はどこへ行ったんだ?」
「土門に呼ばれたとかでB組の部屋の方に行ってるはずだぞ」
「なら三原が携帯を探して鳴らしているのか…」


明日には東京へ帰る。長かった修学旅行もいよいよ終わり。沖縄で増えた荷物を段ボールに詰め、所定のホールへ運び、手続きを済ませればあとは自由。各々、友達の部屋へ行ったりと最後の夜を楽しんでいた。

今は自室にいる鬼道達三人もサッカー部連中に呼ばれていて、彼らは部屋の片付けを済ませてから向かうつもりだ。逸希だけは、ホールから戻る途中で土門に捕まってしまったが。


「中見てみようぜ。どうせあいつなら気にしないだろ」


なんて言って開いてしまったのが運の尽き。やたらと色の多いストラップを引っ掴み、佐久間は慣れた手付きで携帯を開いた。すると、それとほぼ同時に着信が入り、画面には通話中の文字が。逸希が開いただけで電話に出れるよう設定していたせいだ。


『お!やっと繋がった!』
「…やべっ、電話出ちまった」
「「おい」」


電話口から聞こえたのは知らない声。マイクにあたる部分を手の平で覆い、佐久間は助けを求めるように鬼道と源田を見た。予想外のことに狼狽えている。


『あれ?もしもーし、逸希ー?聞こえてるかー?』
(おい!どうすんだよこれ!切った方がいいのか…!?)
(落ち着け!まずは相手に状況を説明しろ!)
(お、おう…)


そう鬼道にアドバイスされ、佐久間は押さえていた手の平を離す。もしもし、と控え目に返せば、当然のように疑問符が返ってきた。


『あれ?これ逸希の携帯じゃなかったか?』
「え?…ああ。いや、三原の携帯で合ってる。…その、出るつもりはなかったんだ。ただ間違って、」
『あー、なんだそういうことか!いやー、知らない奴に掛けたかと思ってビビっちまったぜ!』


わはは、と笑う声は側にいた鬼道と源田にも聞こえたらしい。そのおおらかな性格がなんだか三原みたいな奴だな、と源田が呟いた。


「…えーっと、それで三原には何の用だったんだ?」
『おう、それそれ!あいつ明日帰るって行ってから見送りに行こうと思ってな。飛行機の時間とか分かるか?』
「ちょっと待ってくれ。…なあ、明日の飛行機って何時の便だっけ?」
「三時半だ」
「さんきゅ。…もしもし?明日、三時半の便で帰る予定だ」
『三時半な。んじゃ、渡したいもんがあるから空港に着いたら電話してくれって逸希に伝えといてくれるか?』
「分かった。伝えておく」
『悪いな!よろしく頼む!』


用件が済むと電話はあっさり切られた。無機質な電子音から耳を離し、掛けてきた相手の名前を確認する。“綱海条介”は、三人とも見慣れない名前だった。


逸希が転校してきてから一月も経っていない。恐らく、帰国してからもそれほど経っていないはず。だから自然と日本の知り合いは限られてくるはずで、それは同じ帝国の生徒ばかりになるはずで。

校内での彼の交遊関係が日に日に広がっていることは知っていたが、帝国で“綱海条介”という名前は聞いたことがない。

そもそも“見送りに行く”と言ってた時点で帝国の生徒でないことは分かっている。となれば、アメリカにいた頃の友人、という可能性もなくなる。アメリカに渡る前の友人か、あるいは親戚か…。

他にも三人でいくつか仮説を立ててみたが、実は全て外れ。それは明日になれば分かることなので、今は置いておく。


「…まあ、とりあえず土門達の所に行くか」
「そうだな」
「三原の携帯忘れるなよ?」
「言われなくともわかっ……げ!?またなんか掛かってきた…!」
「無視しろ」


再び震え始めた携帯。もちろん、今さっきのことがあるのですぐに携帯を開くような真似はしない。

三人一緒になぜか部屋の入口で突っ立ったまま、携帯が鳴り止むのを待つ。なんとなく動けなくなってしまったのだ。そのまま立ち往生していると、数回のノック音が。そして返事を待たずに扉は開かれた。


「あー!やっぱり部屋に忘れてた!」
「良かったな、見つかって」
「うん!Thanks、土門!」
「You're welcome」


扉を叩いたのは逸希だった。どうやら携帯を探して土門と部屋まで戻ってきたらしい。佐久間の手の中に自分の携帯を見つけてほっとした顔をした。

逸希は携帯を渡されふと、そのまま確認することなくポケットへとしまいこんだ。普通、特に意識しなくとも確認するものじゃないのか、と思った鬼道が仕方なく口を開いた。


「さっき綱海という男から電話があった」
「へ?条介?」
「悪い、俺が間違って出た」
「あー、俺、開いたらすぐに電話出れるように設定してたもんね。条介、何か言ってた?」
「明日見送りに行くから空港着いたら電話してくれって」
「I see!伝言ありがと、佐久間!」


日記だって平気で見せるような奴だ。今更電話の一つや二つ、気にするわけがない。それを三原らしいな、と朗らかに笑ったのは源田だけだった。鬼道も佐久間も呆れたように溜め息を吐き、なんとなく事情を察した土門も苦笑を溢す。


「…あ。なあ、ちょっと気になったんだけどよ」
「ん?」


部屋を出て、鍵を掛ける。ペタペタとスリッパを鳴らしながら廊下を歩き、サッカー部の待つ部屋へと向かう道すがら。佐久間は隣に並んだ逸希を一度横目に見て、先程から思っていたことを口にした。


「下の名前、逸希だったんだっけな。電話で言われて一瞬分からなかった」
「え!今さら!?」


途端にショックだなんだと騒ぎ出した逸希。だって誰も下の名前で呼ばねえし、とは佐久間の言い分。その後ろで苦笑いながらも頷いた鬼道に源田、土門。逸希は涙目だ。


「じゃあ皆下の名前で呼んでよ!早く覚えて!でないと泣くよ!」
「もう涙目じゃねえか」
「だってええええ!!」
「廊下で騒ぐな。他の宿泊客の迷惑になるだろうが」
「…逸希って呼んでくれたら静かにする」
「「彼女か」」
「お、佐久間と土門息ぴったりだな」
「……はあ」


頭が痛い。そう呟いた鬼道の溜め息と心労は、きっとこれからも増え続けることだろう。

土門のやたらと発音の良い、


「Don't pay it any mind(気にするなよ)」


が身に沁みた。



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You must be tired
(お疲れさま)

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