Give someone the cut



「佐久間!見て!鮫にちっちゃいのがくっついてる!」
「コバンザメな」
「あれも鮫なの?」
「どっちかと言えばサバとかカジキに近い」
「へえ。あ、じゃあなんで鮫と一緒の水槽で他の魚食べたりしないの?」
「…もうお前そこの説明書き読め」
「えー」


日本語いっぱいで読むの疲れるから、ヤダ。

つん、と唇を尖らせた逸希は掴んだ裾を振り払われてしょんぼりと項垂れる。仕方なくアクリルガラスに張り付き、光る水面を見上げた。


修学旅行三日目の今日は水族館へと来ていた。天気は予報通り雨。そのせいもあってか水族館の中は人でごった返していて、他のクラスメイトはもう見えない所まで進んでしまっている。

鬼道と源田は辛うじて目の届く範囲にいるものの、誰が何を言おうと逸希のマイペースだけは崩せなかった。本当に楽しそうにしているだけに、そこに水を差すのが憚れたのもある。


「でも佐久間、すごく詳しいね」
「そりゃ水族館なんて腐るほど行ってるし」
「ペンギン?」
「まあな。ここにはいねえけど」


大きな体の魚に引っ付いて離れないコバンザメを目で追う。佐久間はある意味逸希もコバンザメか?なんて思ったりしたが、逸希はコバンザメのように自分から何かを得ようとしているわけではないし、汚れやらなんやらを取り除いてくれるわけでもない。つまりコバンザメではない、という結論に至った。どちらかと言えば逸希は犬。


(…それもとびっきり頭の悪い奴)
「佐久間?変な顔してる」
「お前ほどじゃない」
「え!」
「バーカ」


間抜け面の鼻先を指で弾く。何か文句を言おうとするのを遮って“鬼道が呼んでる”と歩き出せば、逸希は慌てて後ろをついてきた。

一度人混みの中ではぐれてしまったのが余程怖かったのか。逸希は佐久間に追い付くと離れないよう、裾をつまんだ。正直、歩きにくい。


「佐久間、歩くの速い!」
「お前が遅いんだろ。…というか服離せ!歩きにくい!」
「ヤダ!はぐれる!」
「俺がすぐ迷子になる奴みたいに見えんだろが!」
「大丈夫!迷子になるの俺だから!」
「意味わかんねえよ!」


振り払ってもめげない。叩き落としても諦めない。もうなんなのコイツ、と佐久間の心が折れかける。逸希は物凄く嫌そうな顔をしていることには気付かなかったが、その隙だけは見逃さなかった。


「スキヤキ!」
「は!?」


妙な掛け声と共に二人の距離が一気に縮まる。外の湿気が流れ込んで来ているから、じめじめとして気持ち悪い。人の多さが更に拍車をかけている。ついでに暑い。

そして、そこにトドメを刺したのが逸希だ。

何を思ったのか、彼は佐久間の腕にするり、と自分の腕を絡めた。いわゆる腕組み。恋人同士だってそうそうするものではない。夫婦レベルの仲の良さでするものだ、というのは佐久間の認識。


「て、め…!」
「ここ出るまで絶対離れな…」
「黙れ!!」
「っいたああああい!!」


ごちゃごちゃと余計なことを言おうとする口を黙らせたのは、佐久間のサッカーで鍛えた、それはそれは華麗なヘディングだった。

ごん、と鈍い音を立てて離れた頭。さすがの佐久間もそれなりに効いたらしく、額を押さえて逸希を睨んだ。逆恨みだ。だが、逸希の痛みはその比ではない。最初に叫び声を上げた後は声もなく踞り、ひたすら痛みに耐えるだけ。

周りを見る余裕などもちろんない。警備員が訝しげな目を向けていたことにも、気付かない。





「鬼道。俺、あいつらと他人の振りしていいか?」
「諦めろ。俺達は同じ制服を着ている上に二人がこっちを向いて名前を呼んでいる。…あと五秒で走ってくるぞ」
「なら俺、今日から辺見になる。…あ、三原が転んだ」
「俺は咲山にでもなるかな。…三原は一体いくつの子供だ」


とりあえず、水族館を出るまでは口を利かないと心に誓った二人だった。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Give someone the cut
(知らんぷり)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(15/25)


topboximprinting