Worry this and that



捨てられなかった。結局、持って帰って来てしまった。渡した本人はきっともう、渡したことすら忘れているであろうに。


(くそぉ…あいつがあんなわけわかんねえこと言うから…)





佐久間の髪と同じ色だからすぐに見つかった!

その一言のせいで、握り締めた手の平を開けなくなってしまった。薄い、冬の空のような淡い色。ガラスの冷たさなんて、とっくに自分の体温に溶けて消えている。

佐久間は握り締めた手の平を額に当て、大きく溜め息を吐いた。逸希が向こうで呼んでいる。温くなった海ガラスは、ズボンのポケットへ押し込んだ。










「ひぎゃあああああ!!!」
「うるせ…!!」
「な、なんだ!?」
「どうした三原!何があった!?」
「く、首…首、痛い…!」
「「「首…?」」」


午前中のシュノーケリング、午後の郷土資料館で少々疲れ気味の生徒たち。風呂の時間まで部屋で寝ていた者も少なくない。そうして重い体を引きずって大浴場まで来たのだが、比較的元気のあった逸希の悲鳴がタイル貼りの大浴場に響き渡った。

すぐ隣でかけ湯をしていた佐久間は耳を塞ぎ、離れた場所で頭を洗い始めていた鬼道と源田は慌てて逸希の元へと駆けつけた。

わなわなと震える手で桶を置いて、逸希は触れるか触れないかの所へその手をかざす。当然、彼から首の後ろは見えないし、髪がかかっているせいで三人にも見えない。めんどくせえな。そう呟いた佐久間が乱暴にその髪を持ち上げた。


「いぅ…っ」
「うわ、すげえ日焼けしてる。こりゃ滲みるわ」
「真っ赤だな」
「鬼道のマント並に」


日焼け、というより火傷に近いんじゃないだろうか。元々色の白い逸希は母親に言われたとかで、きちんと日焼け止めを塗っていた。が、首の後ろは塗り忘れたらしい。シュノーケリングで首だけ晒すような状態が続いたせいもあるにせよ、極端な焼け方をしていた。


「ははは、沖縄の日差しは強いからねえ。油断してると痛い目見るよ」
「うん…。明日からは気をつける…」


通りがかったおじさんにも笑われ、逸希は力なく項垂れた。



さて、痛みとは一度意識してしまうと気になって仕方がないもの。一足先に風呂から上がった逸希は大浴場前のソファに腰掛け、冷やしたタオルを首に当ててぐったりしていた。


「あれ?三原くん、一人なの?」
「…ん?」


そこへやってきたのは数人の女子。彼女達も風呂上がりらしく、髪がしっとりと濡れている。逸希は名前を呼ばれたことで顔を上げ、相手がクラスメイトであることに気付いた。


「うん。俺、長く入ってられなくて先に出てきた」
「そう言えばさっき、悲鳴みたいなの聞こえたけど…」
「え!そっちまで聞こえたの!?」
「ってことは、やっぱり三原くんだったんだ」
「何かあったの?」


すごい悲鳴だったよね、と顔を見合わせる女の子達。逸希は思わず苦笑い。そして男なのに情けないんだけどね、と後ろ髪を持ち上げて件の首を見せた。


「日焼けの痕が痛くって…」
(((三原くんのうなじ…!!)))


無防備にさらけ出された首筋に、思わず口元を手で覆った女の子達。もちろん、逸希がそれに気付くはずもなく。他はあんまり痛くないのにだとか、佐久間達は平気そうだったのにだとか、おじさんにもお風呂で笑われただとか。一人でぽつぽつと喋り続けた。

そしてひとしきり喋って気が済むと、髪を持ち上げていた手を離して彼女達の方へと体を向き直した。彼女達の顔が赤いのは、風呂上りのせいばかりではない。


「…あ、たしかにすごく赤くなってたね!」
「う、うん、痛そうだった!」
「お風呂、染みるよね!日焼けすると!」
「だよね!佐久間が羨ましいよ、日焼けしても赤くならないって言うんだもん」
「そういえば佐久間くんのって地黒?」
「サッカー部で焼けたのもあるけど、元から黒かったって言ってたよ」
「じゃあ、三原くんもサッカー部に入れば黒くなれるんじゃない?」


ぴん、と人差し指を立てた一人の女の子。他の子達もそれいいね、と期待の隠った目を逸希に向けた。そう、彼女達は“いろいろと”期待している。


「んー、サッカー部かあ…」


斜め上へと視線を流し、片眉を持ち上げて唸る逸希。サッカーは好きだけど、特別好きというほどでもない。どんなスポーツだって好き。まあ、ほんの少しだけ、他のスポーツより好きという程度。

実は見学だけでも、と逸希はいろいろな部活に呼ばれて顔を出していたのだが、唯一、サッカー部にだけは顔を出していなかった。それは恐らく、無意識。逸希の性格から言えば呼ばれていなくとも押しかけそうなものなのに、そうしない理由がそこにある。

彼自身が気づくのには、もう少しばかり時間がかかりそうだ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Worry this and that
(あれこれ悩む)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(14/25)


topboximprinting