I'll be seeing you



シュノーケリングを終えた後の少しの空き時間。砂浜まで戻ってきた生徒達は思い思いに時間を潰していた。

鬼道、源田、佐久間の三人は拾った枝で陣形図を描き、新しい戦術を模索。その横でひたすら泥団子を作っているのが逸希だ。サッカー部の話になってしまうと割って入ることも出来ないため、彼にしては珍しく静かにしている。


「この前のフォーメーション、試してみて思ったんだが…」
「ああ、あれは連係がうまくいかなかったな」
「もう少し外を上げても良かったんじゃないか?」
「源田もそう思うか」
「じゃあ、この前のを…こう変えるってのは?」
「なるほど、面白い」


沖縄の砂は砕けた貝が混じってて泥団子作りにくいなあ、佐久間達、なんだか難しい話してるなあ…と、自分の手元と三人の手元を見比べて溜め息を吐く逸希。こういう時、自分もサッカーをやっていれば良かった、と思わずにはいられない。そうでなくともルールくらい知っていれば…。


(でも、その程度じゃきっと追い付けないか)


直接サッカー部のプレイを見たわけではない。けれど、四十年間も頂点に立ち続けているという話は聞いていた。純粋にすごい、としか思わなかったのは“総帥”という存在と“帝国のサッカー”というものをまだ知らなかったせいだろう。



まだしばらく時間が掛かりそうな三人を見て、逸希は飲み物を買いに行こうと立ち上がった。ビーチサンダルをペタペタと鳴らし、担任に一言告げてから砂浜を上がる。

そして近場にあった自販機に小銭を入れ、出てきた缶を片手にくるりと身を反転させた時だ。いつの間にいたのか、すぐ後ろにはピンク色の髪の少年が立っていた。


「わわ…!」
「お、わりぃ。驚かせちまったか?」
「んー、ちょっとだけ」
「ははは、まあ驚かせる気はなかったんだ。すまん」
「いいよー。ジュースも落とさなかったしね!」


ピンク色の髪の少年はからからと明るく笑い、逸希も釣られたように笑みを返す。買ったばかりの缶を開けて口をつけると、少年は何か思い出したのか、そうだ、と言って逸希の顔を覗き込んだ。少しと言わず、だいぶ近い。


「なあ、お前らってもしかして修学旅行かなんかで来てるのか?」
「?そうだけど?」
「お、じゃあいつの便で来た?」
「昨日の昼くらい、かな」
「おお!じゃあ“三原逸希”って奴、知ってるか?」
「げほっ!」


出された名前に驚き、盛大にむせる。どうしてなんでと返したくとも出てくるのは咳ばかり。心配した少年に背中をさすってもらい、なんとか収まったところで涙目に彼を見上げた。


「そ、それ俺の名前、だよ…げほっ」
「マジでか!!」
「Yes!」


今度こそ“でもなんで?”と首を傾げる。少年に見覚えはないし、沖縄に知り合いもいないし、彼も逸希のことは名前しか知らなかったようだし…。やはり疑問符ばかりが頭に浮かぶ。


「いやー、まさかホントに見つかるとは思わなかったな!」
「見つかる?俺のこと探してたの?」
「探してたっつーかなんつーか…あ、お前、飛行機で一緒になったじいさんばあさん覚えてるか?」
「もちろん!……て、なんでそれ知ってるの!?」
「それが俺のじいちゃんとばあちゃんだから」
「ええー!?No lie!?」
「え!?お前外人!?俺英語わかんねえんだけど…!」
「あ、ゴメン!」


なんだか話がこんがらがってきた。とりあえずハーフなんだ、と説明すると、


「そういやばあちゃんもそんなこと言ってたな」


と、ホッとしたように息を吐いていた。今までずっと日本語で会話していたのに、よほど動揺したらしい…というより、英語が苦手なようだ。



話を整理すると、彼は飛行機で隣の席になった老夫婦の孫で、たまたま見かけた修学旅行生らしき集団になんとなく二人の話を思い出し、声を掛けた次第。話の大筋を理解した逸希はすごい偶然だね、と嬉しそうに笑った。


「じいちゃんとばあちゃんもまた会いたいって言ってたぜ」
「ホント?俺ももう一回会ってちゃんとお礼言いたいな!バームクーヘン美味しかったですって!」
「あれな!俺も食ったけどすげえ美味かった!」
「ね!周りのところが普通のと違って」
「そうそう!…あー、思い出したら腹減ってきた…」
「あはは!俺も!」


いわゆる“立ち話もなんだし”という状態になった二人は近くのベンチに並んで腰掛けた。ここからなら砂浜にいる他の生徒も見えるので、集合がかかればすぐに向かうことができる。


「おじいさんとおばあさんってどこの人?」
「東京だよ。逸希はどっから来たんだ?」
「俺も東京ー。君は…あ、そういえば名前…」
「っと、わりぃ!俺だけ一方的に知ってたんだっけか!」


ここでようやく、お互いにきちんと自己紹介していないことに気がついた。元々人見知りしない性格に加え、細かいことを気にしないこの二人。強いて言うなら逸希のはおおらかで、少年のは大雑把、といったところか。

少年はベンチから立ち上がり、どんと胸を一叩きして右手を差し出した。


「俺の名前は綱海条介!ま、呼びやすいように呼んでくれや」
「俺は三原逸希。よろしね、条介」


握り締めた手の平。再会はまた、いつの日か。



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I'll be seeing you
(またすぐ会えるよね)

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