I like the color



青い空、青い海、白い雲。九月と言えど沖縄の空気は夏のそれとなんら変わりない。つまり、暑い。


「ねえ、北風と太陽ってお話読んだことあるんだけどさ、」
「ああ」
「みんな寒いの?」
「はあ……」


着替えを済ませた帝国の生徒が集まるビーチ。本日の天気は快晴。当然日差しも強く、気温は高い。逸希はさっさと上に着ていた服を脱いで飛び出したが、他の生徒は気恥ずかしそうにタオルを羽織ったまま。それを見て、昔父に教わった童話を思い出した彼は首を傾げた。


「暑いとタオル羽織るの?」
「…お前にはたぶん一生掛かっても分からねえよ」
「えー。あ、細河まで!タオル取りなよ!」
「げ!や、やめろ!お前らと並びたくない!」
「Why!?」


タオルを羽織ったまま、こそこそと人影に隠れるように身を屈めていた細河。それを見つけた逸希はタオルを取ろうと飛び掛かった。しかし、一緒に並びたくないとはどういうことだろうか。


「うう…ハードル上げんなよサッカー部…。あと三原もなんでそんな引き締まった体してんだよ…」
「ハードル?」
「なんかもう筋肉のつき方が違うんだよな…俺達だって結構鍛えてるはずなのに」
「ん、ん?」
「あー…いや、いい。なんでもない。もう気にするな」


タオルを取り上げられて項垂れる細河。意味がよく分からず頭の上に疑問符を浮かべる逸希。鬼道、源田、佐久間の三人は細河の言わんとする意味が理解できたらしく、苦笑いを溢していた。

女子だけならまだ分かると思っていたが、そういうことか。納得したらしたでなんとなく、タオルが恋しくなった三人だった。








「おーいA組ー。お前らはこっちのインストラクターの先生んとこに集まれー」


どことなく覇気のない担任の声が響く。それが彼の標準なので、いまさら何を思うこともなく生徒達は集まった。

午前中はAからC組までがシュノーケリングで、DからF組はその間、郷土資料館を回っている。午後はそれが逆になる予定。逸希達はA組なので、午前はシュノーケリング、午後は郷土資料館、という流れだ。

各クラス共、インストラクターの指示に従って準備運動を終えると、足ヒレなどを付けて海に入り始めた。そして泳ぎの得意な者とそうでないものとで練習の仕方を変え、徐々に沖へと進んでいく。


「ふはー、気持ちいいね!」
「三原は器用だな。もう足ヒレに慣れたのか?」
「前に何回かやったことあるから!」


仰向けになって足ヒレだけをゆっくりと動かし、皆と並んで泳ぐ逸希。日差しが眩しいのか、瞬きの回数が多い。


「でも俺、泳ぐより潜る方が得意ー」
「潜るなよ」
「うん。怒られそうだから潜んない」
「あら、君は上手だから潜ってもいいわよ?」
「え!ホント!?」
「絶対に大丈夫っていう自信があるならね」


ゴーグルを額に上げて、にこりと笑ったインストラクターのお姉さん。逸希はきらきらとした笑みを返すと、何か言う前に水面を蹴って潜ってしまった。


彼らはもう、足のつかない深さまで来ている。青く澄んだ海は底まで透けて見えて、まるで宙に浮いているような感覚。

今、逸希だけが別の世界を見ている。そしてそれを、見下ろしている。逸希しかいない、薄暗い水底、


(なんか、夢の中で自分を見てる時の感覚に、似てる)


周りで凄いだの格好良いだの騒いでいるのは分かった。けれど、佐久間は黙ったまま逸希の姿を目で追うだけ。徐々に水面へと上がってきてもぼうっとしているものだから、慌てた鬼道と源田が身を引かせた。


「ぷはっ!もうちょっとで佐久間にぶつかるとこだったね!」
「三原!上がってくる場所くらい考えろ!」
「う、ゴメンナサイ…」


どうやらわざと際どい所を狙って上がってきたらしい。鬼道に叱られ、逸希はしょんぼりと項垂れた。しかしそれはすぐにいつもの笑顔に変わり、何かを握り締めた手を佐久間の前へと突き出しす。


「佐久間、おみやげー」
「は?……って、これ、」
「下で取ってきた!」


渡されたのは角が取れて丸みを帯びた薄い水色のガラス。浜辺でよく見かける、いわゆる海ガラスだ。

こんな小さなものを潜った一瞬で見つけて、拾ってきたのか。感心したのは生徒だけでなく、インストラクターも同じ。どうして見つけられたの?という問いに、


「佐久間の髪と同じ色だからすぐに見つかった!」


と、明るく答えた逸希に他意はない。



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I like the color
(その色が好き)

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