All cry and no wool



例え修学旅行だろうと、サッカー部に休みはない。一日や二日ならまだしも、四日もボールから離れてはさすがに感覚が鈍るからだ。

予め一人一つ持ってきたボールを転がし、ホテルの近くの砂浜に彼らはいた。


「辺見!フェイントをかける前にボールを見る癖が戻ってるぞ!前を向け!」
「はい!」
「咲山はもっと重心移動を意識しろ!」
「はい…!」


その中心に立って鬼道が指示を出す。本来彼らにサッカーを教えるべき人物は沖縄に来ていないので、司令塔である鬼道が代役を担っていた。

普段とはだいぶ異なる環境。しかし、それくらいでプレイにブレの出る彼らではない。…ない、はずなのだが、


「クソッ!また外した…!」
「くっ…」


二人ほど、やけに調子の悪い選手がいた。佐久間と源田がそれだ。

佐久間はシュートが枠の内に入らない。源田は伸ばした手がボールに届かない。調子が悪い、というよりはどうもプレイに集中できていないようだった。ここまで酷い状態は初めて見る。

鬼道はパスを出そうとした咲山を手の平で制し、休憩にする旨を伝える。皆すぐにバラけてドリンクを取りに行ったが、佐久間と源田はそれが聞こえていなかったのか。砂浜から上がろうとしなかった。一体何があったっていうんだ。


「佐久間、源田、どこか悪いのか?」
「鬼道…」
「…いや、自分でもよく分からないんだ。すまない」


怪我をしたわけでも、風邪を引いたわけでもない。当人にも分からない理由。申し訳なさそうに俯く彼らを責める気にはなれず、鬼道は励ましの言葉を探した。


「二人とも、調子が悪いのなら無理はするな」
「ああ」
「けど、せめて皆の迷惑にならないくらいには…」


言いかけて、佐久間の言葉が途切れる。次いで砂浜の上の道へと顔が向けられた首が傾いた。何やら向こうが騒がしい。他のチームメイトもドリンクを飲む手を止めて一体何事だとそちらを見ている。


「…!…から、はな…って!!」
「だって!…たち、…だよ!」


段々大きくなる声と人影。言い争いをしているようだが、こんな朝早くから喧嘩だなんて。少なくとも関わり合いにはなりたくない、という結論に至った彼らはその場を動こうとしなかった。

しかし、それも叶わない。対応に向かった辺見が鬼道の名前を呼びながらこちらにやって来たからだ。


「鬼道さん!」
「どうした、辺見」
「細河って奴と三原って奴が来てるんですが…」
「…分かった」


またあいつか、と溜め息を吐かずにはいられなかった。後ろでは佐久間と源田が不思議そうな顔で見合わせている。

細河は源田の隣の席のクラスメイトで、彼らがいない時にはよく逸希の面倒を見てもらっていた。…逸希一人ならまだしも、細河まで巻き込んだとなっては無視することもできない。

仕方なく重い足取りで砂浜を上がれば、そこには予想より酷い状態の二人がいた。ああ、チームメイト達もかなり困っている。


「鬼道おおお!ゴメンね…!俺、何かしたならちゃんと謝るから…!」
「だ、か、ら!鬼道達は朝練があっただけで別に三原を置いてったわけじゃないんだって!」
「でも!昨日佐久間と源田怒ってたよ!俺、絶対何かした…!」


細河にしがみつき、びーびーと子供のように泣く逸希。呆気に取られて言葉が出ない。なんだ、どうしてこいつは泣いているんだ。それもまるで自分が悪いようなことを言っている。俺は何も知らんぞ。


「……源田、佐久間。何か心当たりはないか?」
「朝練のこと…」
「言うの忘れてた」


呆然と、一人言のように溢された言葉。いや、問題はそれだけではない。逸希はたしかに“佐久間と源田が怒っていた”と言った。朝練のことを言い忘れたのはこの際良しとしよう。だが、


「昨日の夜、俺がいない間に何があった」
「何って…特に何もなかったって。そもそも怒った覚えもないし…」
「俺もそれに関しては心当たりがないんだが…」


周りから説明を乞うような目を向けられて、同じような目を返す。そうして次の言葉に迷っていると、躊躇いがちに細河が口を開いた。


「あー…あのさ。なんか、朝起きたら部屋に誰もいなくてビックリしたらしいんだ。それで、昨日の夜に日記?見せた後辺りから二人の機嫌が悪くなって、自分が何かしたんじゃないかって…」


泣きながら俺の所まで来たんだけど。

最後の方は気まずさからか、消え入りそうな声になっていた。逸希は細河の服の裾を掴んで俯いたまま。実際のところはどうなんだ、という意味を込めて佐久間と源田を睨めば、思い当たることがあったのか、


「「ゴメン」」


と、揃って頭を下げた。それだけじゃ足りないだろう。きちんと理由も説明しろ。


「たしかに昨日はイライラしてたけど、別に三原のせいじゃねえから」
「不安にさせて、悪かった」


もう一度、ゴメンと言って頭を下げる。逸希は俯いていた顔を持ち上げた。


…本当に?
ああ、悪かったと思って…。
違う、怒ってない?
だーかーら、最初っからお前には怒ってないって言ってんだろ。
佐久間!
…ゴメンナサイ。


そんなやり取りを何度か繰り返して、ようやく逸希が細河から離れた。


「良かったあああ!俺、みんなに嫌われたらどうしようって…!」
「ばっ!汗かいてんだから引っ付くな!鬱陶しい!」
「ヤダ!」
「…じゃねえ!おい源田!こいつやるっ!」
「は?」
「源田ああああ!!」
「うわっ!」


佐久間に抱き着いた逸希は引き剥がされて源田へと投げられる。逸希はそのまま源田に抱き着いて、来た時と同じように騒がしく泣いた。ようやく開放された細河は、


(毎日こいつの相手をしてるサッカー部って、やっぱり凄いなあ)


なんて、見当違いなことを考えていたんだとか。



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All cry and no wool
(空騒ぎ)

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(10/25)


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