あうために
生まれる以前の記憶があること以外全てを父上に話した。橙色に執着していた理由、ましらの夢、その繋がり。猿飛佐助に会いたいと思っていることも素直に伝えた。これを父上がどう思ったかは分からない。どう思おうと構わない。俺は何があろうと、佐助に会いに行くつもりでいた。
兄上や父上に手伝ってもらい、俺は一月ほどで走り回れるまでに回復した。後遺症もなく、薬師のお墨付きをもらっていよいよ武芸に精を出すこととなる。政はどうにも向かない。弟の桜花丸も恐らく似たような質だし、家督を継ぐのは兄に決まるだろうからそちらは二の次だ。
相変わらず、胸には焦りばかりがあった。
「一時はどうなることかと思いましたが、いやはや、まさかここまで化けるとは」
「世辞はいりませぬ。説法の方がまだ身になりますから」
「ははは!これまた可愛げのない!しかしそこが可愛らしいというものですな!」
「ぬ…」
からからと笑う男は俺に剣術を教えてくれている御仁。元々父上が率いる軍にて剣術師範をしており、片手間に俺の面倒も見てくれていた。…しかし、どうにも馬鹿にされるのが気に食わず、いつも皮肉を言ってしまうのだ。それすらまとめて“可愛い”とあしらわれてしまうのだから、俺がこの人に勝てる日はきっと来ない。
「ところで若よ、今日はうちの忍頭が戻ってくる日だが、稽古はいつまでつけようか?」
「要蔵殿が!?いつ頃ですか!」
「おっと、たしか七つ時には戻ると」
最後に聞いた鐘は八つだった。あれから少なくとも半刻は過ぎている。要蔵殿のことだ、きっと言った時間よりも早く戻られるはず。
「善兵衛殿…」
「分かった分かった!これ以上意地の悪いことは言わんからそんな顔をするな!また殿に叱られるだろうが」
なら最初からするなと言いたいのをぐっと堪える。ここで変に機嫌を損ねると日が暮れるまで扱かれかねない。手早く一礼し、小振りな木刀を女中に預けて父上のもとへと駆け出した。
用向きは知らないが、要蔵殿は甲賀へ里帰りをしていた。城を離れる際に“猿飛佐助のことも調べて参ります”とわざわざ俺の所まで伝えに来てくれたのが七日前。俺が今日という日をどれだけ待ち侘びたことか。
転びそうになりながら走って、父上のいる部屋へと急ぐ。常ならばこんなことはしないが、気持ちばかりが急いて考える余裕がなかった。
「父上!要蔵殿は…!」
大襖を開け放ち、せめてもの礼儀に膝をつく。父上の声が返るより先に頭を垂れる要蔵殿の姿が目に入った。
「ははは!やはり来たか百合丸!お前にとってもそう悪くない報せがあるぞ?」
「悪くない報せ、とは…」
「要蔵、お前から伝えてやれ」
十中八九、佐助のことだ。居住まいを正し、要蔵殿の言葉を待つ。
「申し上げます。猿飛佐助は戸隠の山での修行ののち、現在は甲賀の隠れ里に引き取られたもの」
「では…」
「その姿、この目でしかと見て参りました」
暗い色合いの頭巾の下、鳶色の双眸が俺を捉る。
血が沸く。佐助が甲賀にいる。要蔵殿は甲賀の出。繋がりができた。あの幸村よりも、先に…。
飛び出しそうになった言葉は必死で飲み下した。駄目だ。これだけは言ってはならない。落ち着けるように一度大きく息を吐き出し、要蔵殿が見た佐助のことについて尋る。
「齢はいくつほどでしたか?」
「やはり十には満たぬほど。丁度、百合丸様と同じ年頃かと」
「忍としての腕は」
「才はありますが、まだまだ未熟にございます」
ふと影が差したので見上げると、父上がすぐそばに屈んでいた。そして両手を包まれて気付く。俺の手が、震えていたのだ。生きた佐助の情報を聞いただけでこの様。いっそ笑ってしまいたくなる。
「お前がそこまで焦がれるのならば、一度会ってみてはどうだ。なあ、要蔵」
「はい。すぐにでも里長に掛け合ってみましょう」
「父上…要蔵殿…」
会いたい、会いたい。この時の俺はそれ以上何も考えられず、ただ静かに頷いた。
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