おもいだす



次に目を覚ました時、父上に力の限り抱き締められた。痛みにうめき声を上げると、今度は母上に優しく抱き締められた。次いで兄上と姉上に抱き締められ、弟は最後に俺に抱きついて泣き始めた。訳が分からず目を白黒させていると、三日三晩高熱に魘され続けたのだと教えられた。薬師も覚悟をお決めくださいと皆に告げていたらしい。

もう大丈夫だと、しっかりと目を見て伝える。はじめは俺が心配かけまいとして嘘を言っているのだと思っていた父上たちも、薬師の診断を聞いてようやく笑ってくれた。


「しかし肝が冷えたぞ、百合丸。薬師は心の病ではないかと言っていたが…それはまことか?」
「父上、百合丸はまだ目覚めたばかりなのですから…」
「うむ…」
「百合丸、多少辛くとも何かお食べなさい。まずはそれからです」


まだ何か言いたげな父上を兄上がたしなめ、母上は控えていた女中に粥の用意を頼んでいた。

母上の言う通り、まずはしっかりと食べて体力をつけねば。それから要蔵殿に佐助の話を聞いてみよう。ずっと焦がれていた橙色。その正体を思い出した今、俺はとにかく焦っていた。


「行貞様、そろそろ」
「そうだな。…百合丸、父はもう仕事に戻らねばならん。さねらが残るが少しは寂しがってくれ」
「まあ、父上ったら」


呆れたように姉上が笑う。父上の方が寂しそうなのは気のせいだろうか。思わず笑ってしまうと父上の顔も綻んだので良しとする。

それからしばらく、他愛のない話を繰り返した。俺が伏せている間に過ぎた季節のこと、兄上が方々を駆け回った折に出会った人々のこと。自分で思っていた以上に時は過ぎていたようで、女中が粥を届けに来てからも話が途切れることはなかった。ついには揃って薬師に叱られる始末。しかしそれすらどこか嬉しくて、俺は笑いながら布団に潜った。


昔から、子供らしからぬと言われることが多かった。自分でも大人びている方だとは思っていたが、その理由がようやく分かった気がする。百合丸として生を受ける前に、俺は別の道を歩んでいたのだ。どこで途絶えてしまったのかは分からないが、それなりに生きたのではないだろうか。その分の道が、俺の中でひっそりと積み重なっているのではないだろうか。

…いくら考えど所詮は憶測。水面に映る月以上に朧げなものでしかない。


「要蔵殿…そこにいますか?」
「何かご用で」


明かりの消えた部屋で瞼を閉じて、息を吐く。まだ身体は怠い。寝込んでいた期間を考えれば当たり前、むしろ症状が軽すぎるくらいなのだろうが…胸で渦巻く焦りが眠気を遠ざけていた。


「要蔵殿は、その猿飛佐助という子供を見たことはありますか?」
「いえ」
「では、佐助の齢はいくつくらいか分かりますか?」
「十に満たないほどと」


ということは俺と同じか少し上くらい、か。真田幸村に仕え始めるのはいつ頃からだろうか。まだ修練に入って間もないようだから、すぐに忍として召し抱えられることはないはず。どうにかして幸村より先に…。

そんなことを考えている自分に気付いて、寒気がした。俺は一体何を考えているんだ。佐助はあれだけ幸村に尽くしていた。忍の領分を越えた働きまでしていたのはひとえに幸村のためで、そうしたくなるほどの主だったからじゃないのか。

俺なんかが、拐っていいわけがない。


「…無礼を承知でお聞きします。何故、百合丸様は猿飛佐助に拘るのですか?」
「笑ってしまうような理由です。父上にお話ししたら、いずれは要蔵殿にもお聞き願いたい」
「はっ。出過ぎた真似をいたしました」
「いえ、ありがとうございました。下がってください」


深く頭を下げて消えた要蔵殿に、無意識の内に橙色を重ねていた。…重症だ。せめて一目だけでも見ることができれば、諦められるかもしれないのに。


俺は昔から橙色が好きだった。今も手持ちには橙色をあしらった着物が多く、迷うと必ずそれに手が伸びた。佐助の…色だったのだろう。思い出せない間はただ、彼の色に執着し続けた。ならば、思い出した今はどうだろうか。

前世のことなどほとんど覚えていない。しかし明らかに異質な記憶が鮮明に残っている。会ったこともない、記憶の中だけの男に焦がれている。分からない。唯一覚えていることだから、ここまで執着しているのだろうか。

どちらにせよ、俺は彼に会いたくて仕方なかった。



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