一夜目



森の中にいた。

なぜ森の中にいたのかは分からない。意味もなく、道とも呼べなさそうな草むらを歩く。

俺は真っ黒な着物を着ていた。たぶん、寝る前に漫画を読んでいたせいだ。刀はない。


これは夢だ。

不明瞭な景色。草鞋の構造がよく分からないから、足元に視線を落としても朧気にしか認識できない。

俺の夢に、このまま何もなく終わるというものはない。誰かが来る。そういう筋書きになっている、気がした。


「あんた、見慣れない格好だけどどこの国の差し金?」


思ってすぐ、後ろから声を掛けられた。知らない男。ここまではっきり外見が分かるのも珍しい。橙色の髪に、迷彩柄の変わった服。どうしてこんな突飛な人間を思いついたんだろうか。


「だんまり?それを吐かせるのも俺様の仕事なんだけどねー」


今日の夢は追い掛けられる夢か。まだ眠りが深い。起きられそうにない。動くか、考えるかしないと。

何も言わずに背を向けて、走り出す。感覚が鈍いせいでひどく動きにくい。男は俺のあとをついて来ている。やっぱり、追い掛けられる夢だ。

息は上がらない。夢だから。夢だから、逃げ切れるはず。もっと速く走れるはず、終わりがある、はず。


「俺様も暇じゃないからさ、鬼事はこれでおしまい」


ざくり。背中から、身体中に響くような音がした。

痛みがないのは、きっと夢だから。



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後肢