五夜目明けて鐘九つ



間延びした鐘の音。はっとして辺りを見回す。いつもの森じゃない。鐘の音は、何回か続いた後に止んだ。

少し離れた所に城が見える。城下町なんだろうか。人通りが多い。まるで時代劇の中みたいだ。

すれ違った人がもう昼かと呟いた。空が青くて、当たり前のことなのにそれが嬉しかった。


「お兄さんお兄さん、ぼうっとしちゃって腹でも減ったのかい?」


突然声を掛けられて驚いた。声の主は赤い傘の下で手招きしている。甘味処なのだろうか。甘い匂いがする。


「少し、空いたかもしれない」
「じゃあうちで一服していくといい。甘いもん食えばちっとは元気も出るだろうさ」


元気…?俺はそんなに酷い顔をしていたんだろうか。

それよりもお金はどうしよう。一歩踏み出して、普段よりも足が開かないことに気付く。灰色に近い水色の着物。たしか、お金は袂か懐に入れるものだった。


「ご注文は何にします?」
「それじゃあ、おすすめをひとつ」
「はいよー」


渡された湯飲みを受け取り、両手で包み込む。温かい。ただそれだけのことなのに、無性に泣きたくなった。

穏やかな日差し。行き交う人々は俺を見ない。殺されない。そう思った瞬間、湯飲みに波紋が広がった。


「はいお待ちど…って、あらあら。よっぽど切羽詰まってたんだねえ」


女将さんが長椅子の端に盆を置いたのが分かった。だけど俺は情けなく、ぼろぼろと涙をこぼすばっかりで礼のひとつも言えない。知らなかった。俺はこんなに悲しかったのか。


「何か辛いことでもあったのかい?おばちゃんで良ければ聞くよ」


分からない。自分でも分からない。自分の心すら、遠いんだ。


「…最近夢見が悪くて、この温かさがずいぶんと久しぶりな気がして…嬉しい」
「そうかい。怖い夢だったのかい?」
「毎晩、同じ男に殺されるんだ」
「それはまた…眠れなくもなるね。大丈夫、おばちゃんの団子食べれば元気も出るよ」
「うん、ありがとう」


やんわりと頭を撫でられ、涙と一緒に笑みがこぼれる。

団子も優しい甘さですごく美味しかった。また来たい。また来れるだろうか。

お勘定のために袂を漁ると小さな巾着袋が出てきた。どれくらい払えばいいのか分からない。

適当に見当をつけて少し多目に出すと、女将さんは多すぎると首を振った。


「団子一本でこんなにもらえないよ!」
「じゃあ、話を聞いてくれたお礼」
「それにしたってこれは多すぎるわ」
「また来れるように。願掛けした」
「…そりゃあお賽銭ってことかい?」


よく分からない子だね、と女将さんが笑う。俺もなんとなく嬉しくて、笑った。

ああ、誰かが名前を呼んでいる。


(もう少し、いたかったな)



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後肢