五夜目



森の中にいた。

暗い夜。手には槍。片肌を脱いだ着物。裾の六文銭が揺れる。槍を立てると、穂先に焔が宿った。


「なんの冗談だ」


鋭い声に振り返り、槍を振れば金属音。揺れる陽炎の向こう側、火を透かしたような髪が闇夜に浮かぶ。

男の顔に“人”がいない。色がない、情がない、心がない。ああ、俺はなぜ悲しいんだ。


「もう一度聞く。なんの冗談だ」


今までの夢と、少し違った。男の怒りが膨れ上がるのが分かる。槍を構えれば、視界はまた背中をすり抜けた。


「聞く耳を持たない奴に語る口はない」
「答えろ。命令だ。その紋はどうした」
「…真田幸村の家紋だが」
「はあ…決まりだな」


自分の毛が大きく逆立った。槍で一薙ぎにし、飛んできた苦無を弾く。

まだだ、次は後ろ。体重を乗せ、柄で突きを入れる。背後にいる男の動きもはっきりと見えている。連撃に合わせて防御。手裏剣を弾かれたせいで男の体がよろけた。


「次は俺の番だ。なぜお前はムキになっている」
「忍の端くれなら俺様のことも知ってるんじゃない、の!」
「っ、」


すぐに体勢を立て直され、一撃、二撃と打ち込まれた。闘いたくない。その想いが邪魔をする。


「猿飛佐助。この名前に聞き覚えは?」
「ある、な」
「俺様が仕えてるのも“真田幸村”だけどね、あんたみたいな人間だか人間じゃないんだか分からないような人じゃないよ」
「は?」


どういうことだ。猿飛佐助?真田幸村に仕えてる?なんだ、それ、意味が分からない。

ここはどこだ。俺の夢は何を見せている。分からない、答えろ、どこだ、いつだ、だれだ、


「なぜ俺は殺されるんだ!!」


剥き出しの感情が暴れ出す。薄暗い視界が白く飛び、腹の底から沸き上がる不快感だけが世界を覆う。

闇を焦がすような炎が踊る。槍に合わせて火の粉が舞う。腹が立つ、苦しい、嫌だ、ここは嫌だ。


「得体の知れないあんたをこれ以上野放しにはできない」


足に、腕に、腹に、背中に、何かが刺さった。体に力が入らない。膝をついて、空を仰ぐ。泣いている。もう、何も考えられない。


「忍のくせにこんなこと言うのは嫌だけど、あんたは本当に死んでも死なないみたいだからね。やり方を変えさせてもらうよ」


空気を裂く音に続き、体の内側から千切るような、砕けるような音が響いた。それに水の落ちる音。

濡れた頬を拭おうとしたが、右腕がなかった。


「不死の体なら何もできないようにすればいい」


怒りに塗れた顔は形を潜め、闇を背負った炎が俺を見下ろす。振り上げられた右腕。月明かりに赤が煌めく。

眩しくて光を遮ろうとしたが、左腕がなかった。


「腕も脚もなければ、さすがのあんたも何もできないだろう?」


崩れ落ちる。痛みはない。掴む腕もない、這いずる脚もない。

分からない、分からない、分からない。何もかも、わからない。


「だるまさんがころんだ」


なぜ、俺はお前に会ったんだ。



(9/12)


後肢