03
ぱちぱち、と何かが爆ぜる音で目が覚めた。
目が覚めるという感覚にやっぱりあれは夢だったという希望を見せられ、背中に広がる岩肌の冷たさがすぐに現実へと引き戻す。眠るか気を失うかしていたらしい。ぼんやりする頭で、自分に寄り添うようにして眠るズルッグの頭を撫でた。
「目が覚めたか?」
こちらには背を向けて、橙色の灯りを受ける彼女が俺に問う。爆ぜる音は火の音。俺にもたれていたズルッグの頭をそっとずらし、彼女から少し離れた場所に腰を下ろす。
「それはどっちの意味でですか」
「皮肉か?別にどっちの意味でとっても構わねえよ」
彼女が枝で薪を突つくと、少しだけ火が強まった。ここは洞窟で、外は砂漠。枝なんてどこから拾ってきたんだろう。揺れる火を見てそんなことを考えられるくらいには、心が落ち着いている。
こっそり横目で盗み見た彼女は相変わらずすわりきった眼で火を眺めていた。見た目だけで言えば怖い。…でも、怖くない。
「あなたはヴィッレアだって言いましたけど、嘘ですよね。ポケモンじゃないですもん」
「まだ寝ぼけてんのか。朝まで寝てろ。火の番はしててやる」
「ちゃんと起きてます。はぐらかさないでください…」
「はあ?何をはぐらかすってんだよ。あたしはどっからどう見てもポケモンだろうが」
「え、いや、人じゃないですか…喋ってるし…」
「…そうか、失念してた」
ずっと火を見ていた眼がこちらを向き、驚きに見開かれる。俺にはその意味が分からず、ただ無意味に肩を跳ねさせた。
この人はたしかにズルズキンっぽい見た目をしてるけど、どう見ても人だ。会話だってきちんと成立して…るかは別として、言葉が通じる。だからズルズキンじゃないし、俺の手持ちのヴィッレアでもない。
けれど、彼女は失念していたと言ったっきり黙りこんで何かを考えている。一定のリズムで叩かれる枝の音がなんだか眠たくて、抱えた膝に額を押し付けた。俺も、もう少し考えよう。考えなきゃいけないんだ。
ここは洞窟、外は砂漠。そしてポケモンがいる。もちろん自分の意思で来たわけじゃない。
彼女はゲームの中の俺の手持ちポケモンと同じ名前だと言うけど、ヴィッレアはズルズキンであって人間じゃない。だから違う。
手元にはモンスターボールが一つ。音からして中は空。…そういえば、彼女はこれを“あたしの”と言っていた気がする。
「あの…すみません」
「ん?なんだ」
「このモンスターボール、あなたのならお返ししますが…」
「ああ、その手があったか」
「はい?」
どうにも彼女は会話の中で自己完結してしまうことが多い。伸ばされた手がボールのボタン部分に触れて、
彼女は赤い光と共に姿を消した。
「え!?え、どこ、なんで…!ボール!?」
驚いた拍子に落としたボールがその衝撃とは別の揺れ方をしている。人が捕まるなんて俺は知らない。モンスターボールに人が入ってしまうことなんてあるのだろうか、そもそも反応しないんじゃなかったのか、出てくることはできるのか。
頭ではいろいろ考えられても、肝心の体が動かないことにはどうにもできない。困り果ててズルッグたちを起こそうか迷っていると、またボールが不自然な揺れ方をして口を開けた。
「ははは!びびんなよ、ポケモンがてめえのボールに戻っただけだ」
「だ、だってあなたは人で…!」
「何度も言わせんな。あたしはヴィッレアで、あんたの手持ちだ。それと、その敬語もやめろ」
付き合い長いのに哀しいじゃねえか。
なんて、そんな言い方されたら、言い返せない。
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