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「ヴィッレア…?」


その名前を口にした途端、金属質な高音が洞窟内に響いた。かつん、こつんと跳ねるような音。急なことに驚いて、俺は彼女のズボンの裾を掴んで音がした方を振り向く。


「何、今の音…は…」


視界に飛び込んできたのは、赤と白の球体。見覚えのあるそれ。

薄暗い洞窟の中で、外の僅かな光を反射している。視界が白んでいくような、頭の芯が痺れるような、それでいて胸の奥が重く、急な吐き気に思わず身を屈めた。力の緩んだ手の平から、彼女の足が離れていく。


「そう、あたしの名前はヴィッレアだ。ちゃんと思い出せたじゃねえか、ユウト」


彼女…ヴィッレアは俺の名前を呼んで笑った。投げて寄越された赤と白の球体。触れた瞬間に伝わる金属の冷たさに、鳥肌が立った。


「モンスターボール…」
「あたしのだ。失くすなよ」
「なんで…だって、ヴィッレアは俺の手持ちで…!」


ゲームの中の存在だったはず。

そう続けるつもりだったのに、急に顔を上げたのが良くなかったのか完全に視界が白く飛んだ。たまらず体を横に傾けて倒すと、ズルッグたちが小さな鳴き声をあげながら傍に集まってきた。

このズルッグたちだって、ゲームの中の存在だったはずなのに。


「ユウトの手持ちのズルズキン♀。それはあたしとお前の中にある確固たる事実だ」
「違う…。あれはゲームだ…ヴィッレアは、いない」
「いる。お前の目の前に」
「違う!!」


叫んだ声が洞窟内にこだまする。違う、違う、違う。何度も聞こえる自分の声は次第に弱くなり、やがて消えていった。

彼女は苛立たしげに舌打ちすると、寝転んだままの俺と視線を合わせるように身を屈めた。


「ならひとつ言わせてもらうが、あんた自身がゲームの中の存在って可能性を考えたことは?」
「っ、それは、」
「あたしやこいつらにとって世界はひとつ、今いるこの場所だけだ。他はない」
「そんな…じゃあ、俺は…」
「あんたがあたしに言ったのはそういう言葉」


もう何も考えたくない。今自分が置かれている状況も、彼女を傷つけたかもしれない事実も、何も考えたくない。きっとこれは悪い夢だ。すぐに覚める。だから早く、早く。

どれだけ念じても現状は変わらない。そもそも、ここで目を覚ます前に何をしていたかも思い出せない。自分が曖昧になっていく。

俺は、ここにいない。



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