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水の跳ねる音。
風のうなり声。
誰かの息づかい。
それとお腹の上に圧迫感を感じて、重たい瞼を無理矢理押し上げた。
「おう、やっと起きたか」
「え?……えっ!!?」
お腹の上には人が乗っていた。それも女の…人?が。もふもふとボリュームのある髪が丸いシルエットを作り、赤いモヒカンがまるでトサカのように生えている。加えて目つきもすこぶる悪く、マウントポジションを取られた俺は完全に怖じ気づいてしまった。
「カツアゲは時代遅れです…!」
「はあ?あんたから何かを盗るわけねえだろ。つーか、あたしのこと分かんねえのかよ」
「こんな柄の悪い知り合いはいません!!」
「チッ、めんどくせえな。殴りゃ思い出すか?」
「何を!」
「名前だよ名前。あんたが付けたあたしのな、ま、え。殴る前に思い出せよ。はい、さーん、にーい、いーち、タイムオーバー」
カウントダウン早すぎやしませんか。そう反論する前に脳みそごと揺さぶるような拳が左の頬に打ち込まれた。まさか本当に殴られると思わなかった俺は何重にもショックを受けた。視界が白く飛び、平衡感覚がなくなる。頭を支配するのは恐怖心。彼女の言葉の意味を考える余裕はない。
「なあ、まだ思い出さねえの?」
「ひっ…」
「あー…チャーレムの奴だったらうまくやったのかな。やっぱあたしはこういうの向いてねえわ」
完全に縮み上がる俺を見て、彼女はなぜか顔をしかめた。お腹の上の圧迫感が消えて、少しだけ気持ちに余裕ができる。
手の平を地面について体を起こす。岩のように硬い地面の上にうっすらと砂が広がっている。周りはずっと岩壁。出口は見える場所にあって、砂はそこから吹き込んでいるらしかった。うなるような風が洞窟内に鈍く反響している。
(俺…なんで洞窟なんかにいるんだ)
こんな場所に自分の意思で来た覚えはない。じゃあ彼女が連れてきたんだろうかと考えて、首を振った。違う。なぜかそう思った。
「あの…聞いてもいいですか?」
「なんだ」
「俺、なんでこんな所にいるんでしょうか…」
「砂漠で倒れてたあんたをあたしの子分共が見つけてきたから」
「砂漠…?子分?」
「口で説明するより見た方が早い。おい、出てきていいぞ」
彼女が洞窟の奥に向かって声をかけると、何かを引きずるような音がいくつも響いた。ずる、ずる。暗闇から聞こえて気分のいい音ではない。というか恐怖心をあおるような音だ。俺はまた、引きつるような情けない悲鳴を上げた。
「びびんな。助けてくれた奴に礼のひとつも言えねえのか」
「あ、いや、その…えっ!?」
「ズゥルッ!」
現れたのは、黄色い生き物。ゴムっぽい皮を引きずるようにして歩き、ぴょこんと生えた小さな赤いトサカのようなものが愛らしい…じゃなくて。どういうことなのか説明を請うような目を向けると、ずらりと並んだうちの一匹の頭の上に手を置いて柄の悪い彼女は俺に向き直した。
「最初にあんたをみつけたのはこいつだ」
「え、あ、ありがとうございました」
「ズルッ」
「その報せをあたしに伝えたのがこいつ」
「ありがとう、ございました」
「ズゥルッグゥ」
「で、ここまで運んだのがあたし」
「あり、ありがとうございました」
「ん。さっきは殴って悪かった」
そう言って俺の頬を撫でる彼女の手が、びっくりするくらい優しくて。向けられる目と彼女の容姿から、ある名前が自然と口からこぼれた。
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