ガープさん



初めてヒカリに会ってから二週間が経った。港の管理棟に行ったりしてイナホ島から船が来る予定がないか聞いたけど、彼らが来るのは二週間ごとらしい。つまり、それは今日。

海軍で出されるご飯もヒカリのおにぎりと同じ米らしいから、料理長に頼んで作ってもらったりしたんだけどねえ。具が違うのか、炊き方が違うのか、握り方が違うのか。ヒカリのおにぎりほど美味しいと思うことはなかった。


「はあ〜。ヒカリちゃんのおにぎり食べたいわ〜」
「なんじゃお前さん、最近そればっかりじゃのう。ようやっと身を固める気になったか?」
「ちょっとガープさん冗談キツイって。ヒカリは男の子なんだから」
「そういう趣味か?」
「なんでそうなるの!」


いかにも“暇つぶしです”という…煎餅の袋を抱えたスタイルで俺の隣に腰を下ろすガープさん。ちなみに場所は本部の正面玄関の一角、最初にヒカリに会った場所だ。

しかしここで一つ問題が。…ヒカリがおにぎりのこと覚えてるか分からないんだわ。

そもそも俺の言い方も冗談混じりだったし、ヒカリが頷いたのだってお愛想かもしれない。まさかこんなに忘れられない味とは思ってなかったのよ…。


「お前さん、そのヒカリとかいう子供を待っとるんか」
「ああ、はい。そうですよ。…あんまし煎餅のカスこぼさないでくださいね」
「わしの孫の方が可愛いぞ!」
「人の話聞いてないでしょ、あんた」
「聞いとるわい。あ、煎餅食うか?」
「はあ…」


早く来てくれないかなあ。正直この人の相手するのしんどい。人の話なんか聞いちゃいないし。

ほらさ、この前みたいに近所の家にでも来るような調子で、




「ごめんくださーい!クザンさんばおるべかー!?」


噂をすればなんとやら。癖のある茶色の髪、陽に焼けた顔、そして鼻の上のそばかす。ああ、やっと来てくれた!


「ヒカリちゃ、」
「ほー、お前さんがヒカリか?わしガープ。煎餅食うか?」
「いいべか?ありがとうガープさん!俺、煎餅大好きなんだわ!」
「そうかそうか!気が合うのお、わしも煎餅大好きじゃ!がははは!」


…この人絶対わざとやってるでしょ、これ。

恨みがましく横目に睨んでもどこ吹く風。おまけに煎餅談義まで始める始末。仕方なくガープさんのことは諦めて立ち上がり、二週間ぶりに会うヒカリの頭を撫でた。


「今度はちゃんと荷下ろしできた?」
「クザンさん!今日はな、海兵さんのてえらも港で待っててくれてな、すぐに終わっただよ!」
「そりゃ良かった」
「俺、クザンさんさまた食ってもらいたくて握り飯ばたっくさんこさえてきただ!」


にこにこと嬉しそうに笑うヒカリは、そう言って背負っていた鞄の中を漁った。取り出されたのは長方形の竹で編まれたかご。丁度折り畳んだ新聞くらいの大きさのそれを受け取り、促されるままに開けてみる。


「今日はな、炊き込みご飯も作ってみたんだ。こっちは梅干しとか具が入ってるやつ。そっちのちっせえ箱ん中におらげで漬けたこうこが入ってっからな」
「こうこ?」
「ん、漬け物のことだ」


小さな箱の中身はきゅうりの古漬けだった。しかし普通の古漬けと違い、何かが刻んで混ぜてある。これは何?と聞くとヒカリが生姜と答えた。へえ、きゅうりに生姜なんて混ぜるんだ。


「どれ、わしにもひとつ食わせてみろ」
「ちょ、ちょ、ちょ!これは俺が楽しみにしてたんですから勘弁してくださいよ!」
「そんだけあるならひとつくらい食ったって構わんじゃろ!」
「そんなこと言って、ひとつじゃ効かなくなることくらい分かってんですよ!」
「ヒカリ!わしもおにぎり食いたい!」
「俺は別に構わねえけっど…どうだべ、クザンさん」
「…ヒカリがそう言うなら。あ、でも最初は俺からですよ」


作った本人のヒカリがいいと言うなら俺は承諾するしかない。それでも俺のために作ってくれたおにぎりなんだから、俺より先に食べるのはいただけない。

ガープさんに取られないよう庇った中からひとつ、炊き込みご飯のおにぎりを取った。

一口、かじりつく。途端に出汁の味と香りが口いっぱいに広がり、最後にはあの米の甘さがほのかに残る。柔らかく煮られた筍は他の味を邪魔しない優しい味付け、椎茸は強い香りがきちんと残っているし、少し濃い目の味付けの鶏肉がまたなんとも絶妙な…。

そして何より、米が水気を吸って柔らかくなりすぎてないんだよねえ。ちゃんと粒が残ってる。


「すっごい美味しいよ。ホント、ヒカリのおにぎりってなんでこんなに美味しいのかねえ…」
「そんなに褒められたら照れんべよー」
「クザン!わしにも寄越さんか!」
「えー…漬物だけで我慢してくれません?」
「んじゃ先に漬物もらう」


小分けにされた入れ物を開けて、ガープさんが漬物を口に放り入れる。ぽりぽりと小気味いい音を立て、また次の漬物に手を伸ばし、ぽりぽりして、手を伸ばし、ぽりぽりして、また次の…って!


「ちょっと!あんた全部食べるつもりですか!」
「いやあ、生姜の辛味が後を引いてなあ…こりゃ美味いわい!生姜も合うもんじゃの!」
「…あらやだ、ホントだ。癖になる」
「お前さん、いい加減おにぎりも寄越さんか!」
「あ!」
「ガハハハ!こりゃおにぎりにもよく合うのう!」


おにぎりだけでも十二分に美味しいのに、更にそこへ癖になるような漬物まで増えて俺たちの手と口は止まらない。

争うように食べている間、美味いと言われる度にヒカリは嬉しそうな顔で笑っていた。ごちそうさま。今日のおにぎりもびっくりするくらい美味しかったよ。




「のうヒカリ、またわしにもおにぎりと漬物作ってくれんか?」


なんて、ガープさんが言い出すのも必然だよねえ。ファンが増えちゃって、おじさんちょっと心配。



ガープさん


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