ひとつなぎ
少年のような青年のような形をした、その実どちらでもない一人の少女がいた。
「結構街から離れた所まで来ちまったな」
くるりと回された首に合わせて、柔らかな金の髪が揺れる。少しだけ眉をひそめて後ろ頭を掻くと、彼女、ライはその場に座り込んだ。
ライが辿り着いたのは街外れの雑木林。その一本に背中を預けて、彼女は木の葉の隙間で光る空に目を細めた。さわさわと、静かな音が響く。
だが、その静寂も長くは続かなかった。
…がりがり、…がりがり。
と、何かを削るような音がライの耳に届いたのだ。岩や木のように固い乾いた音ではないから、地面を削っているのだろうとライはアタリをつける。
がりがり、がりがり。
時折つっかえながらも断続的に続く音は、確実にライの方へと向かってきていた。少しの好奇心に胸の内をくすぐられ、ライは閉じかけた瞼を持ち上げる。するとそこにいたのは、
「おんなの、こ…?」
(?)
真っ白なつなぎに、短めの髪。その手には木の枝が握られていて、今通ってきたらしい道にはミミズの這ったような後が続いていた。がりがり、という音の原因はこの女の子だったようだ。
「あんたはこの島の子?」
(ふるふる)
「へー、じゃあなんでこんな町外れに?」
(………)
ライの問い掛けに対し、女の子は視線を斜め上に流して考え込んだ。一拍置いて、女の子は来た道を枝で指す。延々と続くミミズの道は、先が見えない。
「…悪い。いまいちわかんねえ」
(………)
ライの言葉に女の子は再び考え込む。ライ自身も考え込む。互いが何を意図して首を傾げ合っているのかが分からない。そんな奇妙な状況。
それを先に破ったのは、
『あたしミズキ。アナタは?』
というミズキの走り書きだった。ミズキが一度も声を発しないことに少なからず疑問を抱いていたライは、
(ああ、声が出せないのか)
と、すぐに事情を察した。だからといって、ライの胸の内に“可哀想”という類いの感情は浮かばない。
「俺はライ。…で、ミズキは何してたんだ?」
『さんぽ』
「来た道ずっと枝引いてたのか?」
(こくり)
「じゃあ随分遠くから来たんだな。どっから引いてきたんだ?」
『西の海岸』
その文字にライはふむ、と顎に手を添えて頷く。西の海岸にはライ達の船が停めてある。ミズキが何時から線を引いて来たのかは分からないが、もしかしたらこれから向かった先で自分達の海賊船を見て驚いてしまうかもしれない。怖がらせてしまうかもしれない。
そう思ったライは、自然とミズキの手を掴んだ。
(?)
「送ってくよ」
(こくり)
ミズキもまた、何の疑問も抱かずに頷いた。それからは二人でふらふらと海岸目指して並んで歩き続けた。二人の後ろには一本の線が伸びる。ミズキの左手はライの右手に繋がれ、ミズキの右手は線を引くための棒切れが握られている。必然と話す術のなくなったミズキは、ただ黙々と線を引き続けた。
やがてたどり着いた海岸は、ライ達の船がある場所と崖を挟んだ向こう側で。ほっと胸をなで下ろすのと同時に、ライは見慣れない帆船に首を傾げた。
「あんな船が俺達の船の近くに停まってたのか…」
(?)
「ああ、いや、あんたは気にしなくて良いよ」
笑って誤摩化そうとするライを見上げるミズキ。だけど見上げていたのも一瞬で、ミズキは何かを思い出したように突然走り出した。彼女が向かった先には、今ライの後ろに伸びる線とよく似たものが。
「まさか」
と、ライも走り出す。ミズキはここで初めて笑った。右手に握られた枝が線の先に触れる。
『つながった』
砂浜に書かれた文字にライは目を見開き、一瞬遅れて笑みを浮かべた。
「あんた、面白いことするな」
『そう?』
「うん。俺もこういうの、好きだ」
『あたしも好き』
島をぐるりと回り、その過程はどこにあるのか分からないけれど、始まりと終わりはたしかに同じ場所にあって、
ひとつなぎ
これもまた、宝物のカタチだと二人は笑った