一人じゃなければ、なんだって



その日は朝から調子が悪かった。なんとなく頭がぼーっとして、なんとなく体がふわふわして、なんとなく…寂しかった。


「…ごちそうさま」
「あ?クソネコ、まだ半分以上残ってんじゃねえか」
「んー…」
「ライ!食わねえんなら俺がもらうぞ!」
「ん」


短い返事と頷きを一つ。次に頭を上げた時には皿の中身は空になっていた。犯人は言わずもがな。相変わらずの早業だなあと感心する。

ルフィはゴム製頬袋を盛大に膨らませ、サンジに蹴られながらも口を押さえて食べたものを死守しようとしていた。誰も盗りゃしねえって、そんなもん。

…しっかし、なんだってこんなにやる気が出ねえんだ。動きたくないし、喋りたくないし何も見たくない。その癖、俺の五感は普段以上にノイズを拾い上げてくるもんだからますます体がダルくなる。

あー…この感じ、すっげえ嫌だ。

空になった皿を横に退けて机に額を押し付ける。木でできたそれは特に冷たいってわけじゃない。それでも俺の額よりはずっとひんやりしていて、ようやく詰めていた息を吐き出せた。


「なんだライ、今日は妙に静かじゃねえか」
「んー…」


逃げるルフィを追い掛けて、サンジが怒鳴りながらラウンジを出る音を聞いた。入れ違いに、サンジのより低い声が鼓膜を揺らす。よく分からないノイズが邪魔をして、すぐには誰だか分からなかった。


「眠いのか」
「…別に」
「腹は」
「減ってねえ」
「下したか?」
「…ばーか」


少しだけ頭を動かすと視界の端に緑が映った。ああ、ゾロだったのか。

ゾロは汗の絡んだ俺の前髪を掻き上げ、そのマメだらけの手の平を額に宛てた。…こいつ、今まで筋トレしてたな。温いし汗ばんでる。だけどそれを振り払う気力すらなくて、俺は眉間に皺を寄せるだけ。

少しして温い温度が離れて、チョッパーを呼んでくるという言葉が微かに聞こえた。でもなんでチョッパー?…ああ、そっか、俺、体調悪いのか。飯食って寝れば治る…って、食欲ねえんだった。

ああ、なんでも良いから、


(誰か、側にいて欲しい)


煩い船長もコックも、暑苦しい剣士もラウンジを出て行ってしまった。ナミもウソップもロビンもいない。チョッパーは、もうすぐ来るはず。早く来ねえかな、なんて閉じていた瞼を持ち上げたのとほぼ同時、ラウンジの扉が破らんばかりの勢いで開かれた。


「「ライ!!風邪引いたって本当(か)!?」」


そう言って俺に駆け寄って来てくれたのはナミとチョッパー。後から他の皆もラウンジへと流れ込んでくる。なんだ、なんで皆いるんだ。

ルフィは肉食えば治ると笑うし、ゾロは馬鹿は風邪引かねえはずなのになと首を傾げるし、ナミは心配そうな顔で俺の額と自分の額とを合わせてる。ウソップはさっさと治せば冒険の数々を聞かせてやろうなんて言うし、サンジはそれならそうと先に言え、なんて愚痴りながら何かを作ってる。チョッパーはいつもと違う真剣な顔で薬を作ってくれていて、ロビンは皆あなたが心配なのね、と微笑んだ。

ああ、これは、どうしようもない。


「みんな、ありがとう」


ふにゃり、といつもと違う笑みが込み上げる。俺はこの船の皆がどうしようもないくらい大好きだ。

だから元気になったらもう一度、皆にありがとうを言おう。




一人じゃなければ、なんだって


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