彼の元には人が集う



ローグタウンの派出所では数ヵ月に一度、ひっきりなしに来客がやってくる日があった。


「すみません、ライさんはいらっしゃいますか?」
「ライ少尉なら東の港へ巡回に行ってますが…」
「あ、じゃあ戻るまで待ってても良いですか?」
「はい、構いませんよ。後でコーヒーをお持ちしますね」
「ありがとうございます」


一人の海兵が、一人の娘を来客用の部屋へと案内した。彼女はたしかグレックスの酒場の一人娘だった気がする。実はローグタウン派出所に配属されてまだ日の浅いこの海兵。あやふやな記憶で名前を間違えては失礼と、当たり障りのない会話だけを終えて部屋を後にした。


そしてそれから数分と経たぬ内に、次なる訪問者が現れた。


「すまんが、ライの小僧はおるか?」
「あ、彼なら東の港へ…」
「ならここで待たせてもらうよ。…おお!グレックスのとこのニーナじゃないか!」
「あ、バルトさん、お久し振りです」


どうやら二人は知り合いだったらしい。調子はどうだい?お陰様で。バルトさんこそ腰の調子は大丈夫ですか?何、店の方が忙しくてな…。なんて、親しげな会話が耳を打つ。

増えたもう一人分のコーヒーを淹れに行こうと踵を返すと同時、別の海兵に案内されてやって来た父娘と擦れ違った。彼らもまた、部屋に入って顔を合わせるなり「やあ、バルトさんの所もですか」なんて顔を綻ばせる。

…なんだか、今日は来客の多い日だ。


「あの父娘もライ少尉に?」
「ああ、そうだよ。これからまだまだ増えると思うから、他の部屋も空けといた方が良いかもな」
「?」


そう言って悪戯っぽく笑う同僚に俺は首を傾げる。はて、なぜこうもライ少尉への来客が続くのか。娘一人に、初老の男が一人、父娘が一組。共通点が分からない。

腕を組んで考え込みながら歩いていると、今度は気風の良い婦人と擦れ違った。奥からは、二十歳そこらの若い男がのんびりと歩いてやって来るところで。

うーん、益々分からない。そして、ただでさえこんがらがる頭に更なる拍車を掛けたのは、


「お前も飯がまだなら食っとけよ。夜は忙しくなるから」
「ああ、それとロープか網も用意しとくと良いぞ」
「靴紐はきっちり結んどけー」


という先輩達の言葉だ。

忙しくなる、はそのままの意味で良いとして…。ロープか網、というのは何か捕物でもあるのだろうか。それに靴紐…。足場の悪い所へでも行くのか?やはり、謎は深まるばかり。


「今回は落とし穴でも仕掛けるか」
「いっそトラバサミは?」
「ははは、それやったらスモーカー大佐が黙ってねえぞ」
「だな」

「この前来た催涙弾の検査、まだだったよな?」
「ああ、あれなら3番倉庫にしまったままだぞ」
「うし、じゃあ実戦テストして良いかマシカクさんに聞いてくる」

「今回の狙撃部隊は包囲だけだとよ」
「前に麻酔弾使った時酷かったからなー」
「あーあ、あれから結構練習したのに」
「俺はまだお前に左肩撃たれたの覚えてるからな」


…これは、一体どういうことだ?実戦演習でもあるのだろうか。いや、それにしては皆の顔がやけにイキイキとし過ぎているような…。

コーヒーのことなんてすっかり頭から抜け落ちた俺は、嬉々とした顔で交わされる少々物騒な会話に首を傾げるしかない。ライ少尉の来客と一体どんな関係が…。





「おい!ライ少尉が戻ってきたぞ!!」
「何!?本当か!?」
「おいおい、いつもよりだいぶ早いぞ!」
「各部隊、目標に気付かれないよう包囲網を展開しろ!!」
「スモーカー大佐は!?」

「俺ならここにいる」
「「「大佐!!」」」


噂をすれば影。ライ少尉は正門を通って派出所へ戻って来るところで、呼ばれた大佐は俺の背後にいた。そして、別の部屋にいたはずの来客達も。


「スモーカー大佐、ライは何時頃に捕まりますかね?」
「日暮れまでには用意させる」
「ああ、それは助かる!今日は店を開けるまでに戻れそうですね、バルトさん」
「うちは息子夫婦がやっとるから時間が掛かろうと問題ないよ」
「あたしんとこは旦那が寝込んじゃってて、どうにもねえ」
「あら、それならライさんに手伝ってもらうのはどうです?」
「お、ニーナちゃんそれ頂き!今日はライちゃんにとことん働いてもらうとしようかね!」


こちらもやはりと言うべきか。嬉々とした様子で話をしていた。とりあえず、ライ少尉を捕まえるのが目的ってことはなんとなく把握出来たが…。


「でも、どうしてライ少尉を…?」


思わず口を突いて出た疑問の言葉。それに答えたのは意外にも、俺の背後にいたスモーカー大佐だった。


「ここの連中が何か、分かるか?」
「あ、いえ…」
「わしらは皆、街の酒場のもんだよ」
「酒場、ですか?」
「そう!それもライちゃん行き付けのね!」


それは、つまり、もしかして、


「溜まったツケの取り立てだ」


どこか呆れたような顔で、スモーカー大佐は深々と紫煙を吐き出した。俺はもう、乾いた笑いしか浮かべられなかった。




彼の元には人が集う

ライ少尉の能力が厄介だから
こんな大事になるのか…


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