春風吹いて



ある日ある時行き着いた島。そこは俺が海に出て初めての春島だった。

島に近付くにつれて強くなる花の香りに、チーターの格好で昼寝をしていた俺は鼻をひくつかせた。優しい、優しい、春の匂いだった。


「じゃあ、夕方までは一旦自由行動ね。集合場所はここの宿屋」


上陸後、綺麗に整えられた街路樹の下を通って一先ず宿屋へ向かった。裏通りに面した、一階がカフェになっている落ち着いた雰囲気の宿だ。


宿で部屋の予約をしてからは、

ルフィは飯屋じゃねえと腹が膨れねえ、と宿屋を飛び出し。

ゾロは散歩してくる、と欠伸を溢しながら後ろ手に手を振り。

ナミは新しい服が欲しいのよね、と軽い足取りで。

サンジは美味い春野菜の買い出し。ウソップはその荷物持ち。

チョッパーは薬の買い出しと薬草の散策。ビビとカルーも手伝うわ、と言って一緒に出て行った。

皆に“ライも来るか?”と誘われたけど、俺はそれらを全部断って宿屋のカフェに腰を落ち着けた。

たまには大人ぶってカフェでのんびり、なんてのも良いだろうと思ったからだ。





「いらっしゃいませー」


からんからん、とどこか懐かしい音を潜る。すぐに奥からお姉さんが出てきて窓際の席へと案内してくれた。

ミルクティーを砂糖多目で、と注文した時はくすりと笑われた。慣れない雰囲気もあって、思わずメニューに顔を隠す。ロ、ローグタウンじゃ誰も何も言わなかったんだがな…。


注文通り甘いミルクティーがきた後は、本棚にあったこの街で発行されているらしい雑誌を捲ってのんびり過ごした。

憧れの女性、というタイトルの特集にヒナ大佐の写真を見付けた時は吹き出しそうになってむせたけど。


それからまた時間が経って外が橙色に染まり始めた頃。俺にミルクティーを出してくれたお姉さんがお先に失礼します、という言葉と共に店を出て行った。

なんともなしに窓際からその背中を眺めて、ああ、家に帰るんだろうな、なんて当たり前のことを考える。そして彼女が十字路に差し掛かったところで、不意に二人組の男が現れた。

雲行きは、怪しい。


「ごちそうさまでした!」


机の上に少し多目の硬貨を置いて席を立つ。店を出れば、男に手を取られて困っているお姉さんの姿が見えた。

あーやだやだ!せっかくのんびりまったり良い気分だったってのによ!

威嚇の意味を込めて“爪”でもはめて行ってやろうかとも思ったけど、相手はあくまで一般人(たぶん)。たとえ銃を持っていようが素手でも負けないくらいの腕はある。






「悪ぃなお兄さん方。彼女は俺の連れなんだ」


つかつかと歩み寄り、男達の目線がお姉さんからその後ろ、つまり俺へと向けられる。あ?と濁った声を掛けられると同時に、俺はお姉さんの腰を抱き寄せた。


「聞こえなかったか?彼女は、俺の、連れ」
「チッ。男付きかよ」


舌打ち一つに一睨み。どうやら男二人はこの街に住む遊び好き、程度の人間だったらしく、大した揉め事もなく去って行った。随分安く片付いちゃったなあ。逆につまんねえや。


「あ、あの…」
「ああ、すんません!いつまでもこの格好じゃ嫌っすよね!離れます!」


俺より小さいお姉さんに見上げられ、我に返って腰から手を離す。いくら彼女を助けるためだったとは言え、いつまでもあの体勢でいたのではさっきの男達と大差なくなる。それだけは勘弁だな!

ぱっと両手を挙げてお姉さんから距離を取り、宿へ戻ろうと踵を返す。空の色は橙色から淡い紫とへ変わり始めていた。もうすぐ皆が戻ってくる時間だ。

…だけど、一歩踏み出そうとした俺の足はなぜかそれ以上進まなかった。そして腹に感じる圧迫感。背中に感じる温もり。周囲の生暖かい視線…。え、ちょ、待ってくれ…。


「行かないでください!」
(なんでそうなる…!?)


体の芯に直に伝わるような声に、さっと血の気が引いた。間違いねえ。これは、抱き着かれてる…よな。しかも引き止められてる、よな、これ…。


「あ、の…そろそろ戻らねえと、仲間が…」
「女ですか!?」
「はい!?」


驚いて振り向けば、キッと睨むような目がそこにあった。心なしか、腹に回された腕にも力がこもっている。


「お、女の子もいるけど…」
「まさか恋人!?」
「違う…!断じて違う!」


ナミとビビの顔がぱっと浮かんで消える。いくら俺がこんな格好をしているとは言え、ナミ達をそういう目で見たことは一度もねえ。スモーカーさんに誓って言う。

それでもお姉さんはしばらく訝しげな顔をしていた。でも、ようやく納得したように頷いて“良かった”と言って笑った。この島らしい、柔らかい笑みだと思った。


「お姉さん、キレイに笑うんすね」
「…え?」
「花みたい」


思ったままを口にして、俺はじっとお姉さんの顔を見つめる。徐々に頬が赤くなっていって、それも花に色がついていくのによく似てるなあ、なんて考えた。…っと、ぼーっとしてる場合じゃなかった。

じゃあ仲間が待ってるんで。帰り道、気をつけて下さいね。

それだけ早口に言ってお姉さんの腕を解く。あれだけ強く回されていたのに、案外簡単に解けてびっくりした。そのまま数歩走ったところで俺を呼ぶような声がして、反射的に振り返る。


「あの!…お名前、お聞きしてもいいですか!?」
「自分すか?ライって言います!」
「、ライさん!あたし、明日もカフェで待ってます!」


だから、また来て下さい。そう言って笑った彼女に、俺も笑顔で頷いた。




春風吹いて

(ちょっとライ!あんた何頷いてんのよ!!期待させるだけ酷ってもんよ!?)
(へ?ナミ?いつから?…って、あれ、頷いちゃダメだったのか?)
(バカ!天然タラシ!今すぐ謝って来なさい!!)


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