だってあなたは女の子
前々から嫌な予感はしていた。
この前寄った島で、やたら『ライはどっちが良いと思う?』って聞いてきたからな。
その前は無理矢理スキンケアなるものをされた(結局あんたは必要ないって言われた)。
そして昨日の夜、前の島で買った服を楽しそうに眺めているのを見た。ちなみにそれはまだタグすら切られていなかった。
「…つまり、俺の身が危ねえ。匿ってくれ」
「諦めろ。ナミのあれは病気みてえなもんだ」
「ナミは病気なのか!?医者!…は、おれだけど…」
おれ、どうすれば良い!?と慌てふためくチョッパーの頭をやんわり撫でる。お前は良い子だなー。ウソップと違って。
「おい、なんだねその目は」
「べっつにー。チョッパーはこんなに良い子なのにウソップはひでえなーと思っただけ」
「充分貶してんじゃねえか!」
くわっと変な顔をするウソップに溜め息を一つ。
せめて今日一日だけでもウソップ工場に匿ってもらおうかと思ったんだがな。…宛が外れた。
俺は胡座をかいた上にチョッパーを抱え込み、どうやってナミから逃げようか頭を悩ませた。チョッパーは前の“病気”という言葉が気になったらしく、眉尻を下げながら俺の顔を覗き込んできた。
「…ナミの病気って、どんな病気なんだ?」
「あー…あれだ。ウソップの“島に入ってはいけない病”みたいなもん」
「じゃあおれには治せねえな」
こうあっさりと頷いてしまう辺り、チョッパーもなかなかに図太い。まあ、チョッパーのそういう所、俺は嫌いじゃねえけどな。
「それよりライ。俺はさっきから殺気を感じるんだが」
「ウソップくん。そのギャグつまんねえよ」
「寒いぞ」
「今のはそういう意味で言ったんじゃねえよ!俺はただ事実を述べたまでだなあ…」
うだうだ煩いウソップはこの際無視。それにあれ、ここで後ろを振り返ったら負けな気がす…。
「ライ?あんた、気付いてるんでしょ?」
「え?いや、はは、は…」
この時ばっかりは、乾いた笑いしか浮かべられませんでした。
「…で、やっぱりこうなるんだな…」
「あー!やっぱり似合うわ!買って良かった!」
あの時、俺が振り返った先にいたのは当然ナミで。完璧なまでの笑顔で見覚えのある服を掲げていた。
そして今、ナミに可愛い可愛いと連呼されながら頬擦りされている。言うまでもないと思うけど頬擦りされてんのは俺ね(つまり可愛いって言われてんのも俺…)。
「ナミ、あんましその…か、かわい、て…言われんのは…」
「可愛い」
「いや、だから………はあ…」
ナミに無理矢理着せられたのは、紛れもなく俺が前の島で選んだ服だった。…訂正。選ばされた、服だった。
スカートのサロペットに、それに合わせた女の子らしいシャツ。頭にはゆるくウェーブのかかったカツラを被せられ、足元のブーツも普段とは違うヒールの細い物だ。
とてもじゃねえが恐ろしくて鏡なんか見れん…!
「あー、ほら、眉間に皺なんか寄せないの」
「だって、これ…」
女物、と言い掛けた言葉はぼんやり濁す。お、俺は女の格好してるなんて認めねえぞ…。
「ふふふ、よく似合ってるわよ?」
「ロビンまでそんなこと言わないでくれ…」
ティーカップ片手にふらりと現れたロビンがそう言って微笑んだ。ナミも楽しそうに笑ってくれんのは良いが、俺はやっぱり複雑な心境。
自分が女の子、って認識があったのはせいぜい12、3才くらいまでの話で、それでもまともに女の子の格好をしたことなんて一度もなかった。
だから気持ち的には“女装”してる気分。断じて“正装”などではない。
それに…、
「俺なんかより二人の方がずっと可愛いんだからさ、二人が着てくれりゃあ良いんだよ」
「ライ…あなた…」
「…分かってない!でも可愛いから許す!」
「だーかーらーっ!」
どれだけ言っても可愛い、と言うのをやめてくれない二人にげんなりと肩を落とす。
あー…今日一日ずっとこのままなのか…。
「これからは週一で着せてくわよ」
「はあ!?」
「あら、それは良いわね」
二人のその言葉に、俺の眉尻がぐぐっと下がるのが分かった。
頼む!それだけは勘弁してくれ…!
…と、俺は声を大にして叫びたかった。だけど口から出たのは『むー』とか『んー』とかくぐもったような声だけ。そして、にこり、と綺麗に微笑むロビンと目が合った(こんなことで能力使うな!)。
(んむー!!むむむー!!(おいー!はなせー!!))
「大体、この船は男所帯でむさ苦しいのよねー」
「海賊だもの。それは仕方ないんじゃないかしら?」
「だけど海賊にも華は必要よ?」
(むむんー!!(ロビンー!!))
「「諦めなさい」」
二人に声を揃えてぶった切られ、俺はがっくりと肩を落とす。もうこりゃ何言っても聞いてくれねえな…はあ…。
結局その日は一日中、半泣きで船内を逃げ回ったのでした(スモーカーさんに会いたい…)。
だってあなたは女の子
困ってる顔もまた可愛いんだから!