Danger boy
「あー…力が抜けるー…」
バスタブの縁に首を乗せ、なんとも言えない脱力感に身を委せる。俺は能力者だから比喩とかそーいうんじゃなく、本当に力が抜ける。
一日の内で唯一、サラシを外していられるこのお風呂タイムは俺にとってかーなり大事な時間だったりする。そして今日もまた、この貴重なリラックスタイムを満喫していた訳だが、この日はいつもと違った。
「おーい、今入ってんのライかあ?」
数回ノックが響き、扉の向こうから声がした。反射的に湯船に深く浸かり、胸元を隠すように腕を組む。
とりあえず落ち着け俺!まだ中に入ってくるって決まった訳じゃねえんだから…!
「な、何の用だ!?」
「寝る前にしょんべんしたくなっちまってよお。入っても良いか?」
「その声ルフィだな!?…待て!ちょっと待て!!」
この船の風呂はいわゆるユニットバス。バスタブのすぐ隣にあるトイレを仕切るシャワーカーテンはない。更に扉の向こうにいるのがルフィだとすると、人の返事を待たずに問答無用で入ってくる可能性がある。…まずい!これは非常にまずい!!
俺は慌てて湯船から飛び出し、ドアノブを掴んだ。ルフィも丁度同じタイミングでドアノブを掴んだらしい。ぐん、と引っ張られる力に血の気が引いた。
「悪いんだがルフィ!トイレの調子が悪いみたいなんだ!甲板からしてくれ!」
「何!?じゃあ今ウソップ呼んでくる!」
「待て待て待て!!なんでそうなる!?」
「だってよ、ウソップなら直せんだろ?」
「あーたしかにそうかもしんねえけど明日にしようじゃねえか!な!?」
「んー。そうだな、ウソップはもう寝ちまってるし…」
よし、よし。そのまま回れ右して戻るんだルフィ!
なんとかルフィを追い返すことに成功しそうな雰囲気に、俺はほっと安堵の息を漏らした。いくらルフィがそういうのに疎そうに見えても男は男だ。俺の素っ裸を見られる訳にはいかねえ…!
(…なんか、急に静かになったな)
不意にルフィの声が聞こえなくなり、もう甲板の方へ引き返したのかと思った俺はほんの少しだけ扉を開けた。その瞬間…。
ガシッ
「ひぃ!?」
隙間からこじ開けるように手がねじ込まれた。そのままぐっと扉を引かれ、慌ててドアノブを引っ張り返す。
怖っ!何!?ルフィは一体何がしたいんだよ!?
「ライ、おめえ…」
「な、なんだよ!?」
「どっかケガでもしてんのか!?」
ケガ?誰が?…俺が?
「…何でそういう結論に至ったんだよ!」
「だってよ!ここに包帯があるじゃねえか!!すげえ長えぞ!?」
「包帯ぃ?」
包帯なんかしてねえぞ俺は!それにこの船に乗ってからは戦闘には参加しないようにしてるし、ローグタウンにいた頃だってよっぽどのことじゃなきゃケガなんてしねえし、何よりこんなにピンピンしてんのに…。
そこまで考えたところではたと気付いた。
サラシだ。
「ルフィ。それ、サラシだ。包帯じゃねえ」
「サラシ?おめーそんなもんどこに巻いてたんだよ。俺、見たことねえぞ?」
「ぐっ…」
ルフィのくせに鋭い。というか地味に嫌な所突いてくるな…。
「それはあれだ…腹に巻いてんだよ」
「ふーん、そうなのか」
「そう。納得したらさっさとそこを…」
「あ!そうだ!俺しょんべんしに来たんだ!入って良いか?」
「振り出しに戻んな!!」
終わりの見えない問答にがっくりと肩を落とす。…相手が悪かった。ルフィ以外の誰かなら…いや、それもまずい気がする。結局ダメだったってことか。
もう良いかと諦めにも似た溜め息を吐き、ドアノブから手を離す。反対側でずっと引っ張っていたらしいルフィはそれに反応しきれず、勢い良く扉を開いた。
「おお!?おめー、手ぇ離すなら離すって言えよな!びっくりしたじゃねえか!」
「悪いな。もう掴んでないと思ったんだ」
「なら仕方ねえ…って、なんでその格好なんだ?」
顔をしかめて首を捻るルフィ。
その格好、とはこの格好。全裸なのには違いないが、全身を毛皮で覆われたチーターの格好だ。
「俺はあんたのせいでこんな格好してんだよ」
「俺のせい?」
「そう。ルフィのせい」
未だ仁王立ちで頭を捻るルフィの足元をすり抜け、脱衣所に置いてあった自分の服をくわえる。
そして前足でルフィを指しながら眉間に皺を寄せてみたが、やっぱりルフィは首を傾げるだけ。…予想通りの反応をありがとう。
「とにかく、もう俺が風呂に入ってる時は入ってくんな。用が足したきゃ甲板からしろ」
「よく分かんねえけど分かった!」
それは分かったとは言わねえぞ…と思ったのは心の内に秘めておく。
何にせよ、ここの船長は色んな意味で要注意人物だってことは分かった。今回はそれが分かっただけ良しとする。…しかないよな…はあ。
Danger boy
…で、俺はどこで着替えりゃ良いんだ