また明日



港から吹き上げる潮風はどことなく違う匂い。頭上の空の色すら違って見える。

…ああ、俺の世界はこんなにも簡単に色を失くすのか。


「ちくしょー…。なんで俺は中に入れてくんねえんだよぉ…」


口布の下で唇を尖らせ、ふて腐れる。

スモーカーさんが上の人に呼ばれたとかで本部に行くってのに、俺は無理矢理ついて来た。だけど呼ばれたのはスモーカーさんだけで、俺なんかはお呼びじゃねえとさ。中に入ろうとしたところでぺいっと追い出されてしまった。ちくしょーめ。


「これじゃ何のためについて来たんだか…」


スモーカーさんと一緒にいられないんじゃ意味がない。

俺が座り込んでいるのは港の端っこ。出たり入ったりを繰り返す海軍の軍艦が視界に映り、先にローグタウンに帰ってしまおうか、なんて考えが過った。…でもスモーカーさんから離れるのは嫌だ。もうこうなったらスモーカーさんが戻ってくるまで待つしかない。


「あーあ、ヒマだ」


ごろりと転がって空を仰げば、頭上で何か大きな鳥がくるくると旋回を繰り返していた。

かざした手の平の向こう側、空に浮かぶ十字の影はひらりひらりと泳ぎ続ける。ありゃあ何の鳥だ?…と、目を細めてみたところで、遥か上空を漂う鳥の姿なんか分かりゃしねえ。

やっぱりヒマだ、と持ち上げていた腕の力を抜く。そうして寝返りを打つように身を捩り、そこで初めて俺以外の人物がいることに気が付いた。


「ん?」


黒い羽根帽子を被り、背には身の丈程の大きな刀を背負った男。男は俺の顔を射るような目で見ていた。

色は俺と同じ金なのに、その奥にある光の鋭さの違いに思わず見とれる。


「若造が、こんな所でサボりか?」


無表情で淡々と紡がれる言葉。俺ははっとして慌てて体をお越し、いたずらが見付かった子供のように頭を掻いた。


「いやあ、サボりと言うか追い出されたと言うか…」
「そうか。なら話相手ぐらいにはなってやる」


…このおっさん、考えてることが全く読めない。まあ、分からないもんは考えても仕方ないか。

俺の返事を待たず、さっさと隣に腰を下ろした男。それをちらりと盗み見て溜め息を一つ。話し相手になってくれると言った割には何か話す気配もなし、動く気配もなし。ただじっと水平線を睨むだけ。


「あ、名前、聞いても良いっすか?」
「…ミホークだ」
「ミホークさん、俺はライって言います。ちなみにローグタウンから来ました」
「スモーカーの所か」
「おお!スモーカーさん知ってるんすか!?」
「奴は海賊の間でも有名だからな」
「さっすがスモーカーさん!」


思わぬ所でスモーカーさんの名前が聞けて、俺の気分は急上昇。だけど海賊にまで名が知れてるなんて流石だなあ、と喜んでいたのも少しの間だけ。ミホークさんの口振りが引っ掛かったのだ。

“海賊の間”の前に括弧書きで“俺達”って付いてた気がする。


「…もしかして、ミホークさんって海賊?」
「まあ、そうなるな」
「なんで海軍本部に?」
「居ては悪いか?」
「悪いと思います」
「お前がそう思おうと、俺は許される」
「はあ…」


やっぱり、このおっさんが何を考えているのか分からない。だけど本人が大丈夫と言っているので良しとする。

ミホークさんに向けていた視線をまた海の方へ戻し、何事もなかったかのように海を眺める。するとミホークさんが隣で小さく笑うのが聞こえた。


「俺が海賊と聞いてその態度か。お前は本当に海兵か?」
「頭に“いちおう”が付く海兵っす。それに、大丈夫って言ったのはミホークさんの方じゃないっすか」


ほんの少しだけ口元を緩めて笑うミホークさん。それを横目に見て、俺は口を尖らせた。


「何より、俺なんかが手ぇ出したってミホークさんには敵いませんよ」
「ほう…。何故そう言い切れる」
「目がそう言ってます」
「なるほどな」


真顔で頷くミホークさんに、俺は溜め息。よく分からない人に捕まったなあと思う。だけど、あまり表情の変わらないこの人の隣がなんとなく、居心地が良いと感じるのもまた事実。


海風に当たっていたからか、スモーカーさんから離されて気を張っていたのか、はたまた居心地が良すぎたのか。しばらくしてやんわりとした眠気に襲われた。

俺は微睡むように欠伸を噛み殺し、ごろりと横になる。


「昼寝か?」
「…はい、なんか眠いんで…」
「そうか」


瞼を閉じればさざ波の音が鮮明になって、規則的に波止場を打つ音が眠気を誘う。

俺が横になってすぐ、隣でミホークさんが動く気配がした。きっと帰るんだろう。さよならくらい、言った方が良いかな。そう思って重たい瞼を持ち上げる。


「明日、またここへ来る」


なぜかぼやける視界に映ったのは無骨な手。あれ?と思った時にはその手で頭を撫でられていた。帽子越しに感じる体温も、弾みのない低い声も、全部が眠たい。それらにへにゃりとだらしなく目を細めて笑い、返事を返す。


「また明日、ミホークさん」


最後にちゃんと顔を見ることは出来なかったけど、小さく笑うような声だけは耳に届いた。




また明日

会えるなら、それで良い


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