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その日は、朝から鉛色の空が広がっていた。
降るのか降らないのかはっきりしろ、とでも言いたくなるような空。

あいつを拾ったのは、そんな日だった。





「…チッ。中途半端な天気だな」


窓の外を眺めて舌打ちを一つ零す。噛み潰すようにくわえていた葉巻を灰皿に押し付け、新しく火を点けようと探した。が、見付からねえ。

シケた天気にシケた気分。

白む部屋に溜め息だけを残し、俺は執務室を後にした。



巡回も兼ねて街を歩き、目当ての葉巻を買い込んで海賊共がよく現れる処刑台へと足を向けた。天気があまり良くないせいか、そこに居る観光客は疎らだ。

買ったばかりの葉巻に火を点け、視線をぐるりと回してみるも怪しい奴は見当たらねえ。

頭の俺が派出所を空けるのもあれだ。用も済んだしさっさと戻るか、と俺は踵を返した。

その動きに合わせて紫煙がゆらりと靡き、視界が白む。そして、紫煙の僅かな隙間の向こう側、暗い路地に踞る何かが見えた。


「犬…にしてはでかいか」


この位置からでは物に隠れる上に、影になっていて良く見えねえ。俺は一度吸い込んだ空気を煙と共に吐き出し、一歩一歩その“何か”に近付いた。







「…あ゙?」


項垂れていた頭を上げたそれは、犬でも猫でもなく、人だった。

くすんで傷んだ金の髪。
輝きの失せた瞳。
所々に痣の浮かぶ土気色の肌。

ボロボロの布切れ一枚を纏ったそいつは、一目見ただけでは男か女かも分からなかった。辛うじて分かるのは年の頃ぐらいなもんだ。

俺はそいつに目線を合わせるように屈み、声を掛けた。


「てめえ、名前は」
「…ダイ」


D、I、Eでダイ。

そう呟きながら、足元に敷き詰められたレンガの上で指を滑らせる…ダイ。

俺はいけ好かねえ名だ、と心中で舌打ちを零した。その際、眉間の皺が深くなるのを感じたが、ダイは差して怯えた風も見せなかった。


「…じゃあ聞くが、親はどうした?」
「もういないよ。本当のお父さんとお母さんも、育ててくれたお父さんとお母さんも」

「あたし、捨てられちゃったから」


ダイの目は相変わらず輝きを失せたまま。悲しみで揺らぐことも、憎しみに歪むこともしなかった。ただ、そのままの事実を受け入れてる。そんな目だ。


別に孤児自体はこのご時世、珍しくもなんともねえ。だが、俺がこの街“ローグタウン”でそれを見るのは初めてだった。

そして、この街で初めて見たそれが異質なのも明らかだった。

どうこうしようと思って声を掛けた訳じゃなかったが、俺は無意識の内に次の言葉を探していた。


「ダイ…って言ったな」
「うん」
「お前は今ここで、その名の通り死ぬ気はあるか?」
「?」


首を傾げ、屈んでも高い位置にある俺の顔を見上げるダイ。相変わらず、怯えた様子はない。

そんなダイの頭の上に手を乗せ、俺は出来る限り優しく、それを左右に動かした。


「名前ってのはな、少なくとも“生きろ”って意味を込めて付けられるもんなんだよ」


吐き出した煙は上に昇らず、路地を抜ける風に吹かれて行った。


「ライ」

「…ライ?」


また首を傾げたそいつの頭を少し乱雑に撫で、腰を上げる。柄にもねえことをしてるのは自分でも分かっていた。

ただ、俺の眉間に皺が寄ろうが、低い声を出そうが、頭に手を乗せようが、全く怯えないこいつが…ここで死ぬのは惜しいように思えた。


「今からお前の名前は“ライ”だ」
「ライ…」
「俺が、てめえに“生きろ”って意味を込めた名前だ」
「あたし、生きても良いの…?」
「当たり前だ」


着いて来い。飯ぐらいなら食わせてやる。

そう言って俺が歩き出すのと同時にライは慌てて立ち上がり、必死に俺の後をついて来た。


二人並んで路地を出た時、堪えきれなかったらしい雨が一粒落ちた。



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俺があいつを拾った日


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