知らない誰か



現れたのは、顔に大きな傷を負った黒髪の男、クロコダイル。不愉快な言葉に全身の毛が逆立った気がする。


「噂通りの野犬だな。俺を最初から仲間と思ってくれてねえようだ」


スモーカーさんが吸うのとは違う、きつい葉巻の臭いが鼻にまとわりつく。女呼ばわりされたのが気に食わなくて思わず檻に手をかけそうになったが、見慣れたスモーカーさんの手に止められた。お互い、視線は絶えず話し続けるクロコダイルに向けられたままだ。

あれがクロコダイルと知ってルフィは怒りのままに柵を掴んだ。当然、能力者であるルフィは力が抜けてその場にへたり込み、呂律の回らない口で勝負しろと呟く。


…クロコダイルは、主賓を待っていると言った。それからしばらく経って現れたのはビビ。ビビの小指から直線状に伸びていく刃が椅子の背もたれごと、クロコダイルの首を跳ね飛ばす。


「無駄だ」


表情は変えずに、スモーカーさんが淡々と告げる。俺はクロコダイルの能力は知らなかったけど、辺りに散った砂でその言葉の意味を理解した。クロコダイルの能力は“砂”。…スモーカーさんと同じ自然系の能力者だ。

クロコダイルは砂となり、ビビの背後に回り込むと鈎手を首にかけて自由を奪った。椅子に縛り付けられたビビは堪えるように唇を噛み締めている。


「ユートピア作戦は始まった。今頃“国王”が雨を奪ったことを謝罪している頃だろう。そしてそこへ、偶然にも大量の武器を積んだ巨大船がやってくる。反乱軍がとる行動と言ったら…なんだろうな?ミス・ウェンズデー」


今にも、この国の人たちの声が聞こえてきそうだ。ぶつかり合う二つの力。だけどどちらも、この国を想っていることには変りないのに。お互いを傷つけ合うまで時間は残り少ない。

行き場のない怒りが腹の底を焼く。目の奥が、熱い。


「ライ…?あんた、その目…」


何かを言いかけたナミの言葉はルフィの驚いたような声にかき消された。この檻の鍵がバナナワニの泳ぐ巣へと放り込まれたからだ。おまけにその内の一匹が鍵を食っちまうわで自体は悪化の一途。

いや、クロコダイルに追い詰められていると言った方がいいのかもな。あいつは人の怒りを煽るのが病的に上手い。

事実、エルマルを砂嵐で何度も襲ったと告げられて、俺の怒りも我慢の限界を超えた。


「待て!!クロコダイル!!!」


喉が痛むほどの声で叫んで、呼び止める。

頭の芯が痺れる。眼の奥が熱い。腹の底が震える。

振り返ったクロコダイルはなぜか一度目を見開き、そして不愉快なまでの高笑いを上げた。


「クハハハハ!そうか!てめえのその目、“ダイ”の餓鬼か!!」
「…は?なんで、その名前…それは、俺の昔の名前だ…!なんでお前がその名前を知ってる!!」
「親子揃って死の名を背負うとは因果じゃねえか。その名に恥じねえ死を頼むぜ、ダイ」
「おい!まだ話は終わってねえ…!!」


一方的に何かを理解したクロコダイルは高笑いと共に踵を返した。部屋に入ってきたバナナワニが階段を食い破り、ガラスを割り、ビビを傷付け、どんどん時間を奪っていく。サンジからクロコダイルの電伝虫に連絡が入ったが、俺の頭はそんなことを考える余裕もなかった。

ダイ。それは俺の昔の名前。クロコダイルの口振りからしてスペルも同じDIEの、別の誰か。冬島のドクターには“レオ”という名前で呼ばれた。

レオも、ダイも、俺は知らない。


「スモーカーさんは…何か知ってるんすか?」
「俺も知らねえ。だが、あの野郎はお前の目に反応していた」


この件が片付いたら調べてやる。

そう言って、スモーカーさんはあやすように俺の頭を撫でてくれた。



知らない誰か


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