顔には出てる



風が、砂が、街を襲う。あれがさっきの花と同じものなのかと思うと、胸の奥が重たく沈んだ。


「そんな…」


ビビの掠れた声が耳を抜ける。唸る風の音が心臓を叩く。目を背けたくなるような現実なのに、視線はおろか、足まで縫い付けられたように動かせなくなった。


日付も変わろうとした頃、俺達はユバが見える場所まで辿り着いた。だけど街は丁度、砂嵐に襲われているところで。砂嵐が止むのを待って踏みめば、街はすっかり砂に浸かってしまっていた。

エルマルを見て分かったようなつもりになってたけど、俺、何も分かっちゃいなかった。街が枯れるってのは…こういうことなんだ。

だけど唯一、エルマルと違うとすれば、


「誰かいる」


ということか。俺は咄嗟にビビを隠すように前に立ち、フードを目深に被り直した。俺もビビも…というか全員あんまり人に見付からない方が良い連中ばっかだからな。おい海賊組、堂々と歩いてくんな。


「旅の人かね…砂漠の旅は疲れただろう。すまんな、この街は少々枯れている」


街の真ん中にいたのは、ふらふらになりながらシャベルで砂を掘る老人。俺達に気付いたじいさんはゆっくり休んでいけと言いつつも、砂を掘る手は休ませない。反乱軍のことを聞けば急に怒り出すし、妙なじいさんだ。

しっかし参ったな。じいさんの話じゃ反乱軍はもうこの街にいないらしいし、おまけに向かったのはナノハナの隣町だって言うじゃねえか…。


「どうするよビビ、今から来た道引き返し……あ」
「そうだぞビビ!時間ねえんじゃねえのか!?」
「ビビ…!?今、ビビと…!?」


あー、失敗した。ついさっきまで見付かったらまずいとか考えてたのについビビの名前呼んじまった。いや、俺だけじゃなくてルフィも悪い。うん。


「おいおっさん!!ビビは王女じゃねえぞ!?」
「言うな!」


やっぱ全面的にルフィが悪い。

…まあ、こんだけビビ、ビビ言ってれば顔を知ってるアラバスタの国民が気付かないわけもなく。じいさんは生きてて良かったと涙を流した。ビビは口元に手を当てて何かを堪えている。


「頼むビビちゃん、あのバカどもを止めてくれ」


俺はじいさんの話を聞いてビビのお父さんに、この国の王に会ってみたくなった。“たかだか三年、雨が降らなくないから何だ”なんて、そうそう言えた台詞じゃない。事が起きてから三年。それだけの長い間、このじいさんは国王を信じ続けたんだ。国王はよっぽどすげえ人なんだろうと思う。

皆が皆、ビビとじいさんの話を黙って聞いている中、最初に口を開いたのはエースだった。


「あー、話の途中で悪いんだが、ちょっと良いか?」
「ん?私かね?」
「ああそうだ。…この街に“黒ひげ”と名乗る男が来なかったか?」


そっか、エースはその男を探す目的でこの街まで来たんだっけか。すっかり忘れてた。

じいさんは思案するように俯いた後、眉尻を下げてこう言った。


「残念だが、この街にはもう私しかいないよ。反乱軍の中にも…そんな名前の男はいなかった」
「…そうか。ま、それが分かっただけでもありがてえ」


話を割って悪かった。エースはそう言って頭を下げると、すぐに来た道を引き返し始めた。はじめっからエースはその“黒ひげ”ってのが目的だったわけだし、別に何もおかしいことなんてねえんだけど…。俺はつい、ひるがえったローブの裾を掴んでしまった。


「もう行くのか?」
「ああ。いねえと分かった以上、すぐにでも引き返さねえと追い付けなくなるからな」
「疲れは?」
「ねえ」


いたずらっ子のような笑みを浮かべるエース。ルフィは満面の笑みでまた会おうと手を振る。それを見て、ああ、こいつらは絶対に会えるって信じてるからこんな顔ができるんだ、なんて感心してしまった。でなきゃこの広い偉大なる航路、何が起きてもおかしくないこの場所じゃあ、どの出会いが今生の別れになるか分からない。信じてなきゃ、笑うことはできない。

エースは元来た道へと足を踏み出たが、何か思い出したのか、ルフィを振り返って口端を上げた。


「っと、そうだ。お前にこれを渡そうと思ってたんだ」
「ん?なんだ、紙切れじゃんか」
「そうさ。その紙切れが俺とお前をまた引き合わせる」


ルフィに向かって投げられたのは折り畳まれた紙切れ。メモ書きの一つもない。これがどうやって二人を引き合わせるんだ?俺はそんな気持ちを込めてエースを見る。エースは必要になった時に分かるさと笑った。


「じゃあな、ライもルフィをよろしく頼む」
「…この国にいる間だけな」
「まだ言うか。お前も海兵なんか辞めて海賊になっちまえよ」
「冗談」


遠慮なしに頭を撫でられて、被ったカツラがずれそうになる。ったく、何だってこいつは俺を海賊にしたがるんだ。会うタイミングが違ったら俺はあんたのことだって捕まえようとしたはずなんだぞ?…可能かどうかは別として。


「そうむくれんな」
「誰のせいだと思ってんだよ」
「言わなきゃ理由はわかんねえぞ?」
「………」


理由、それは海賊になれなんて言うのが一番だけど。もう一つ、


(俺だけ寂しいみたいで、なんかムカつく)


ってのは、絶対に言わない。



顔には出てる


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