冗談もほどほどに



渇いた風が舞い上がる街。生き物の影はなく、あるのは朽ちかけた建物ばかり。


「これが“緑の街”エルマルねえ…」
「いやーなんもねえなここはっ!」


同日昼にはエルマルに辿り着いたのだが、どう見ても名前にそぐわない光景がそこにあった。手をかざして目を細めるも、生き物の色はどこにも見えない。

緑なんてどこにもねえぞ、と口を尖らせたのは俺とルフィだ。


「ビビ、ここが本当にエルマルなのか?」
「ええ。今はこんな状態になってしまったけれど、少し前まで緑いっぱいの活気ある街だったのよ」


そう言って笑ったビビの顔は、どことなく寂しげだった。

ビビが言うに、この街は元々ギリギリのラインで保っていたらしい。下流に海の侵食を受けて飲み水も畑の水も得られず、僅かに降る雨を貯めることで堪えてきた。

だけどその雨すら、一滴も降らなくなった。


「雨は奪われた。その疑いを掛けられたのは…私の父よ」


もちろん、本当にビビのお父さんが雨を奪ったわけじゃない。“ダンスパウダー”とかいう雨を降らせるんだけど使っちゃいけない粉があって、それが知らぬ間に宮殿へ運び込まれていたのが原因。

王のいる街にしか降らない雨、そしてダンスパウダー。内乱が起こるのにそう時間は掛からなかっただろう。


歩き慣れない砂地を踏み締め、一歩一歩進む。辛うじて根を貼るヤシの木の表皮も、ゾロが蹴ったらぼろりと崩れた。

そうして歩いて半分ほど砂に埋もれた白骨死体を見つけた。ビビはその骨の前に膝を付き、丁寧な動きで頭を抱き上げる。


「この国を狂わせた張本人がクロコダイル。…なぜ、あいつにそんなことをする権利があるの!?」


白骨に額を合わせ、ビビは“許さない”と叫んだ。

許さない、許せない。俺達は、そう叫んだビビを助けたい。じゃあ、


「エースは?」


壁だか柱だかも分からないような石の上に腰掛けて、じっと成り行きを見ていたエース。なんとなく、あまり良い返事が聞けないだろうことは分かっていた。だから、俺は声を潜めて問い掛けた。


「悪いが、俺に手助けは出来ねえな」


こっちもやらなきゃならねえことがある。

深く被り直されたテンガロンハットの下、不敵に持ち上げられた口角が意味するものを、俺は知らない。けどまあ、俺なんかがとやかく文句を言えるようなことじゃねえってことくらいは分かる。


「エースはエースで頑張れよ」
「そういうお前もな」


ビビの話を聞いてじっとしていられなくなったのか、朽ちた建物を壊すルフィ達を遠目に眺めて、俺達は笑った。





******





「あーー…あーー、焼ける…」
「ははは!だらしねえなルフィ!さっきまでの威勢はどうした!」
「そう言うてめえはやけに元気だな」


杖代わりの枝にすがるように歩くルフィを指さして、俺は盛大に笑う。隣を歩くゾロはチョッパーを乗せたそり?を引っ張りながら呆れたような顔をした。

エルマルを出た俺達は目的地、ユバを目指して砂漠越え。まるで山登りのような道のりだが、ここで俺がへばるわけにはいかねえ。


「ドラムで世話掛けた分、挽回しなきゃなんねえからな」


頭の後ろで手を組み、思い出すように空を見上げる。ドラムと違い、眩しいほどの青がそこにあった。

寒いのは苦手だが、暑いのだったらどんと来いだ。俺は胸を叩いてまた笑う。それを聞いていたチョッパーはもぞり、と動いて俺を見上げた。


「ライはすげえなあ…。おれ、寒いのは平気だけど暑いのはダメだ…」


別にすごくはねえよ、俺は逆に寒いのダメだし、と思わず苦笑い。チョッパーは俺の後ろの空が眩しかったのか、今度は目を閉じながら呟いた。


「じゃあ、寒い時はおれがライの分もがんばるからな」


弱々しい声に、頼もしい言葉。なら今は俺が頑張る番だな、と口角を持ち上げる。隣のゾロも同じような笑い方をしたのだが、こいつの場合は違う意味で、だった。


「チョッパーの分も頑張るってんなら、これを引くのはてめえの役目だな」
「はあ!?」


手に持ったそりの紐をぐるりと腹に巻き付けて一縛り。されたのはもちろん俺。


「………」
「チーターの格好で引きゃ良いだろ」


くくりつけられたロープを摘まみ、上目にゾロを睨む。そうやって無言の圧力で訴え掛けるも、あえなく玉砕した。たぶん気付いてすらいねえぞこいつ…。


「まあ、チョッパーなら良いか」


と、諦めにも似た溜め息が口から出た。あ、別にチョッパーが悪いってわけじゃねえからな!





「…しかしあれだな」
「なんだよ、まだなんかあんのか?」
「捕食者が餌を持ち帰るようにも見えなくねえ」



冗談もほどほどに


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