俺はそれでいいと笑う



「「「ぶえっくしょい!!」」」


ユバの手前の街、エルマルを目指して航行中のメリー号の上。俺はルフィとエースの向かいに座らされ、兄弟の良さ…と言うより二人の仲の良さについて語られていた。

そして三人揃って出たくしゃみ。こりゃあれだな、と俺は手を打つ。


「誰かが俺達の噂をしているに違いない」


でなきゃこの面子でくしゃみが揃うなんてありえねえ。“なんとか”は風邪を引かない。それは耳にタコが出来るほどスモーカーさんに言われてきたことだ。自慢じゃねえが、俺はまともにお勉強なるものをしたことがない。お馬鹿で結構。


…丁度同じ頃、別の場所でスモーカー大佐が恨めしげに兄弟の名前を呟いていたなど露知らず。たしぎさんの救いを求める声も俺には届かなかったのである。


しかし、エースはじと目で俺を睨んだ。


「俺ぁ妙な寒気がしたんだけどな」
「じゃあ風邪か?」
「いや、それよりは殺気に近い何か…だな」


顎に手を当て、目を細めるエース。意外と勘が良いらしいと俺が気付くのはもっと後。

ルフィは話の筋が見えないのかしきりに首を傾げていた。ルフィが“なんとか”なのはこいつの船に拾われた時から感じていたことだから、これはスルーしておく。


「それよりよ、なんでケムリンがアラバスタに来てんのかライは知らねえのか?」
「ケ、ケムリン…?」
「おう。俺達のこと追っかけて来たじゃねえか。メシ屋にいたからビビったんだぞ」
「おいおいおいちょっと待て!まさかスモーカーさんのことじゃねえだろうな!?それ!」
「それ以外に誰がいるってんだよ」
「てめえ!!」


そこに直れ、と怒鳴って立ち上がる。ルフィはもちろん直らない。


「なんだよ、ケムリンじゃダメか?」
「ダメだ!スモーカーさんと呼べ!」
「別に俺が誰をどう呼ぼうが俺の勝手じゃねえか」
「だからってケムリンは気が抜けるからやめろ!なんか俺が恥ずかしい!」


だって!あのスモーカーさんだぞ!?白猟と呼ばれ、麦わら一味が来る以前は一度も海賊を逃がしたこともない、仏頂面のあのスモーカーさんが!ケムリンって…!





「名前だけ聞くとなんか可愛い…」


ハックション。どこかでそんな声が聞こえた気がした。

いやいや、でも俺がケムリンなんて呼んだら絶対怒られるしなあ。呼んでみたい気もするけど。…と、変なところで悩み、うんうん唸る俺を見てエースは口を開く。


「“ケムリン”に“スモーカーさん”ねえ」


彼は胡座をかいた上に頬杖をつき、片眉を上げて二つの呼び名を復唱した。そして思い出すように視線を斜め上へと流す。


「野暮な理由で俺を捕まえようとした男とは、思えねえ呼ばれ方だな」


話を聞くに、食堂でスモーカーさんに出くわしたエースは海賊と海兵、という理由で捕まえられそうになったらしい。その言葉にぎくり、と肩が跳ねた。

海賊と海兵。エースと俺、ルフィと俺、この船の皆と俺…。スモーカーさんに会うのが怖い。


「まあ、俺の目が間違っちゃいなきゃ、ライは“こっち”寄りの人間だな」
「…冗談」


エースは親指で自分自身を指してニヤリと口角を持ち上げた。俺はゲッソリと肩を落としてその言葉を否定する。

ルフィは何を考えているのか知らねえが、足の裏を打ち合わせながらじっと俺達の様子を眺めていた。


「ライ、お前は海軍の“犬”には向いてねえ」
「なんでそう言い切れる」
「誰にも従わねえし、誰も従わせねえ。好きなように生きる“猫”。つまり海賊の方がお前には向いてる」


そう言ったエースの目をじ、と見る。裏も表もない、ただ思ったままを口にしただけ。彼の目はそう言っていた。


なんだかな。急に体がだるくなって仰向けに転がる。空に向かってため息を吐くも、気持ちは一つも軽くならなかった。


「まさか初対面のあんたにまでそう言われるとはな…」
「他の奴にも言われたか?」
「いや」


そういう訳じゃねえけど、と言葉を濁す。


俺の能力を知ってる奴は、よく俺のことを猫に例える。

気ままで、気まぐれで、ふらっとどこかに消えてふらっと現れる。好きなものは好き、嫌いなものには興味がない。他人に合わせるよりは自分の好きなように動く。

そんな気質をチーターと掛けて“猫”と言う奴はよくいた。別に嫌じゃねえし、否定もしない。


空を見上げてぼうっとしていたのがどれくらいの時間だったのかは分からない。

止まっていたような時間が動き出したのは、ルフィの言葉が降ってからだった。


「ライは別に犬でも猫でもねえよ」


そりゃそうだ、と笑いたくなったのを堪えて次の言葉を待った。なんとなく、珍しく、ルフィがまともなことを言おうとしているような気がしたから。





「ライはよ、ケムリンが好きだから海軍にいたんだろ?従うとか、従わねえとか、そういうのは分からねえけど」


俺が驚いてルフィを見れば、彼はエースと同じように裏も表もない目でこちらを見ていた。そう、そうなんだ。俺はただ、スモーカーさんの傍にいたいだけなんだ。

どこまでも単純なこの理由は、犬や猫と言うより、


(ガキ)


と言った方がしっくりくる。利害だの難しい大人の事情は一切なし。だけどそうだな、ルフィの言葉じゃ少し足りねえ。




「好きの前に“大”も付けとけ」


恥ずかしげもなく好きと言えるのも、子供の特権だろうから。



俺はそれでいいと笑う


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