兄弟への憧れ



炎を吹き上げながら走るストライカー。海軍から逃げ、目の前にはかの有名な白ひげの刺青、向かう先は海賊船…。

…あ、頭痛え!

これじゃ丸っきり海賊じゃねえか、と溜め息を吐く。それを聞いた男…じゃなくてエース(そう呼ぶように言われた)が振り返ったけど、俺は気付かず頭を抱えたまま。


(絶対バレた…絶対スモーカーさんにバレた…)


せっかく我慢してこんな格好してたのに、名前呼んだら意味ねえだろ俺、なんて。今さら後悔してみたところで全部遅い。

瞼の裏に、鋭い目を見開くスモーカーさんの姿が浮かぶ。ああ!スモーカーさん、ホントごめんなさい!いっぱい謝るしいっぱい仕事するから許して下さい!

そう心の中で懺悔を繰り返し、口ではスモーカーさんスモーカーさんとうわ言のように繰り返す。そしてエースがぽつりと呟いた。


「お前、やっぱり…」
「…何」
「いや、なんでもねえ」
「なんでもなくねえだろその顔は!ニヤニヤすんな!気持ち悪ぃ」
「気持ち悪いは言い過ぎだ!」


何を勘違いしたのか知らねえが、エースはこちらを見ながら口元に手を当てて笑いを堪えていた。なんかこう“面白いこと聞いちゃった〜”みたいな感じ。すげえムカつく。

大体、こいつが出てきたから話がややこしくなったんだ!


「全部あんたのせいにしてやるからな」
「おいおい、何の話だよ」
「強いて言うなら海軍の話」
「はあ!?」


海軍と聞いて、嘘だろとでも言いたげな顔で見下ろすエース。その顔見んのはこれで二度目だな、とかどうでも良いことを考えた。

とりあえず溜め息を一つ吐いて一呼吸開ける。驚いた顔のエースに合わせていた視線は水平線へと流し、口を開いた。


「だって俺、海兵だし」
「…ルフィの仲間じゃなかったのか」
「仲間になったつもりはねえよ」
「じゃあなんでルフィ達といた?海兵として相対してた、って雰囲気じゃあなかったよな」
「それは…」


と、思案するようにエースの顔を窺ったところで言葉が途切れる。見上げた先にあったエースの目が、思っていた以上に真剣な色をしていたからだ。

必要とあらば、ここで…。そんな風に脅された気がして、胸の奥が苦しくなった。…この感覚の理由はまだ、俺には分からない。


「…目的が、同じだったんだ」


そんな苦しさから逃れるように目を逸らし、俺はやっとの思いで言葉を繋いだ。エースが今どんな目で俺を見ているのかは、分からない。


「目的ってのは?」
「救いたいものがある。その気持ちは、あいつらと同じなんだ」
「…救いたい、ね」


確かめるように復唱された言葉に、俺は小さく頷いた。

救いたい、助けたい、手伝いたい。
この国を、ビビを、皆を…。

海軍と海賊との間で曖昧になりつつある俺の感情の中で、唯一はっきりしている部分はそこだった。敵が敵なだけに、海軍という立場では動きにくい。なら、目的を同じくする麦わらの一味と行動した方が良いと俺は思ったんだ。

…結果的に、まずい方向に転がってる気がするけど。





「ははは!ルフィが気に入るわけだ!」
「う、わ」


不意に笑い声が降って、頭の上に温かさが乗った。驚いて首を竦めたけど、頭の上の温かさはただ乱暴に髪を混ぜるだけ。嫌な感じもしないのでされるがままになっていたら、俺と視線を合わせるようにエースが屈んで笑顔を見せた。


「俺も、姉ちゃんのこと気に入ったぜ?」
「姉ちゃんじゃない」
「じゃあ何て呼べば良い?」
「…ライ」
「それがお前の名前か」


こくり、と一つ頷く。エースは良い名前だと笑って、また乱暴に頭を撫でた。



それからほどなくして、麦わら帽子のドクロマークを発見。並走するストライカーから甲板へと飛び上がり、皆も無事に出港できたことを確認した。

これからどこへ向かうのかをビビに聞けば、いつの間にか船に上がってきていたエースが隣に並ぶ。俺もユバに用がある。エースのその言葉を聞いて一番喜んだのは、やっぱりルフィだった。


「でもよ、エース。エースは何の用があってウパに行くんだ?」
「ウパじゃなくてユバだ。…俺の追っている男がその街に向かったって情報があってな。信憑性は低いが、確かめる必要がある」
「ふーん。よくわかんねえけど、しばらくは一緒にいれんだな?」
「ああ。他の皆さんさえ迷惑じゃなけりゃ、そのつもりだ」


少し申し訳なさそうな顔をしながらぐるりと見回すエース。この船の連中は誰も迷惑だなんて思っちゃいねえのにな。ビビと俺とで慣れっこだろうし。

まあそんなわけで、皆も当然のように笑顔を返した。


「悪いな。弟共々、世話になる」


…なんてさりげなく兄貴発言をする辺り、エースはルフィのことが心配なんだろう。

ルフィがいれば良い兄貴で済むのに、こいつ単体だとルフィみたいに面倒な奴になるのはなんでだ。よく分からん。

そうやって一人首を傾げて顔をしかめたりしていたもんだから、エースは不思議そうに俺の顔を覗き込んだ。


「なんだよ、俺が乗るのは不服か?」
「いや、そういうわけじゃねえけど…」
「じゃあなんだよ」


腕を組んで首を傾げるエース。俺はちらりとルフィを見て、エースと同じような格好をした。


「兄弟って不思議なもんだと思ってよ」
「なんだ、そんなことか」
「…そんなことで悪かったな」
「いや、別に悪いとは言ってねえさ」


エースは理由を聞いて呆れたような表情を浮かべた。俺は拗ねたように口を尖らせ、そっぽを向く。あんたは何とも思わなくてもな、兄弟のいない俺には不思議でしょうがねえんだよ!





「なんにせよ、兄弟ってのは良いもんだぜ?」


そう言って、はにかんだように笑う。恥ずかしいと言うより、嬉しくてしょうがない、みたいな顔。

なんなら俺がお前の兄貴になってやろうか、と続けられた冗談に、俺は思わず頷いてしまいそうになった。



兄弟への憧れ


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