目と耳と鼻と心



「しかし女装とは考えたな」
「うんうん。これならバロック・ワークスも気付かねえ」
「謝れ!全世界のお姉さまと他でもないこの俺に謝れ!!」


にやにや笑うゾロにウソップが神妙な顔で頷き、サンジは泣きながら蹴り掛かってきた。サンジの蹴りは面倒なのでとりあえず躱しておく。

踊り子の衣装を着せられた俺は、サンジが気付いていないのを良いことに別の人間の振りをしようとした。その時にヒナ大佐の名前を借りたのは、それ以外にこいつらの知らない女性の名前が思い付かなかったからだ。

…まあ、結局“ヒナ”じゃなくて“ライ”だとナミにバラされてしまったわけだが。





(クソー。もうぜってえナミに借りは作らねえ…)


悔し涙を飲みながら今まで着ていた服を袋に詰める。そしてビビに渡されたローブを頭から被って肌の露出は出来る限り抑えた。

その間もサンジはなんやかんやと喚いていたが、最後にはナミの拳に沈められるのがお約束、ってな。

ハッ!ざまあみろ!


(はあ…。あんた達ってホンッットに救えないわ)
(あ?どういう意味だよ)
(そのままの意味よ)



…なんて会話がされていたのはまた別の話。

しかし、不幸中の幸いとでも言おうか。俺が渡された踊り子衣装は胸元が隠れるもので、見ようによっては胸が本物か偽物か分からない。そして、奴らはこの胸が詰め物だと思っているらしい。

ナミにバラされたのも名前だけで、男じゃないということまでは言われなかったから、とりあえず“女装”という誤解は解かない方向で。


(あとは、スモーカーさんにさえ見られなければ…)


問題ない。

服を詰めた袋の口を締め、肩に担ぐ。大丈夫。この島には海軍の代わりに国王軍ってのがあるって言うし、店のおばさんの口振りでは今この国に海軍が来ている様子もなかった。

だから大丈夫、ともう一度心中で呟く。だけどその時、視界の端を横切ったのはどうにも見慣れた制服で。白地に青い翼を広げたカモメが一羽、二羽、三羽と続く。

そしてその先頭を走るのは、


「おう!なんだ、お前らそんな所に隠れてたのか!」


満面の笑みでこちらに手を振るルフィだった。当然、手を振られた俺達の存在も海軍に見付かり、やむを得ずこのまま次の街を目指すことに。

砂を蹴って走る間、急な運動によるものとは別の意味で…心臓が早鐘を打つ。たしかに前に進んでいるはずなのに、気持ちはずっと自分の後ろ側に向いている。


「ライ!気持ちは分からなくもないけど、今あたし達が海軍に捕まるわけにはいかないのよ!」
「う、ん」


俺の少し前を走っていたナミが振り返り、叫ぶ。分かってる。俺だって頭では分かってるんだ。

だけど、目も耳も鼻もスモーカーさんを探すことに躍起になっていた。果ての見えない砂漠、幾重にも重なる人の声、巻き上がる渇いた砂の匂い。

その中からたった一つ、あの人のものだけを拾い上げることなんて、





「…っ、スモーカーさん…!!!」





俺にとっては、あまりにも容易すぎたんだ。



目と耳と鼻と心


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