なんでかくすぐったい



冬島を出て5日が経った。天候は安定して暖かく、風も穏やか。夜は相変わらずなかなか寝付けないが、その分昼寝はよくしていた。

オカマが去った後、ようやく静かになった甲板に出て横になる。ちなみに今はチーターの格好。昼寝と日向ぼっこはこの格好が一番落ち着くからな。


(しかし腹が減った…)


ぐるぐると唸り声を上げるのは喉の奥でなく腹の虫。ルフィによって早々に食料を食い尽くされ、断食生活は今日で四日目になった。…この船に拾われた時のことを思い出す。

俺もヤキが回ったもんだと溜め息を吐き、隣で毛繕いをするカルーを横目に見た。…いや、別に食おうとか思ってねえから。ただ単に視界に入っただけだから。


「クエエエ!!」
「なんだよ“食え”ってか?」
「クエッ!?」
「冗談だ。あんたを食おうとは思わねえから、安心しろ」


怯えるカルーの背を宥めるように前足で数回叩く。すると急に船が大きく揺れて、船尾の方が騒がしくなった。


「ったく、あいつら何騒いでんだ?」
「クエ?」


カルーと一緒になって首を傾げて、そのまま船尾へと足を向ける。そこにいたのはギラギラと、まるで獲物を狩る獣のような目をしたルフィ、ゾロ、サンジ。隅っこではウソップとチョッパーが怯えていた。


「四日ぶりのメシだぁ!!」
「メシだぁ!!!」
「逃がすんじゃねえぞ!確実に仕留めろ!!」


こいつらが“メシ”と呼んで対峙していたのはやたらとデカイ変な猫。海面から出ている分だけでもこの船を優に越しているから、相当デカイ。腹に鱗があるのは…まあ、魚のお友達かなんかだからだろう。

…だけど猫。どう見ても猫。顔が猫。

今にも襲い掛からんばかりの勢いの野郎共に、俺の体は勝手に走り出す。


「ダメっ!!!」「やめろ!!!」


そして気が付いた時にはルフィの頭を蹴り飛ばしていた。ゾロとサンジもビビによって沈められ、船の柵に額を打ち付ける。

そーら変な猫。今の内に海にお帰り。こいつらタフだからすぐ復活するぞ?

そう言ってこの船の何倍もある体を見上げれば、変な猫は慌てて海底へと帰って行った。よし、お利口さん!


「な…なんで!?ビビちゃん…!」
「ライ!コノヤロ何すんだ!!」


案の定、すぐに復活したサンジとルフィが口々に言う。ゾロは何も言わなかったが、その目は不満げだ。

それをきっと睨んで俺は怒鳴った。


「食うんじゃねえよ!」
「食べちゃダメなの!」


重なって発せられた声はビビのもの。そこではたと思い出す。そう言えばさっきも変な猫を食おうとしたゾロとサンジを殴ってたし、もしかして…。


「ビビ…」
「ライさん…」

「猫が好きなのか?」
「アラバスタに来たことが?」


だけど次に重なった言葉は全く違うもの。てっきりビビも俺と同じことを考えていると思ったもんだから、俺の頭の上に疑問符が飛んだ。


「ん?ビビも猫が好きだからこいつら止めたんじゃねえのか?」
「たしかに猫は好きだけど…あたしが止めたのは別の理由よ」
「別の理由?」
「ええ。アラバスタで海ネコは神聖な生き物とされているから」


だから食べちゃダメ、と野郎共に念を押すビビ。へー、あれ海ネコって言うのか、まんまだな、と俺は妙に感心してしまった。

俺が知ってる海ネコ…いやウミネコって言った方が分かりやすいか。とにかくそれは、なんかカモメっぽい感じの鳥だった。泳げる猫だと思っていただけに、裏切られた感があったのを覚えている。


「でも、なんでまた“あれ”がアラバスタでは神聖な生き物なんだい?ビビちゃん」
「俺は大歓迎だけどな」
「てめえは黙ってろクソネコ」


海ネコが去った方を親指で指しながらサンジが尋ねる。未だチーターの格好の俺はサンジを見上げながら口を挟んだ。一発殴られそうになったのはひらりと躱す。


「ふふ、アラバスタには猫の姿の神様もいるくらいなの。だから、猫はアラバスタにとってとても大切な生き物なのよ」


ふわり、と微笑みながら話すビビの顔は穏やかで。反対に、海ネコを食おうとしていた男衆は目を逸らしてバツの悪そうな顔をした。俺はビビの足元までとてとてと歩き、長い尻尾を揺らしながらその瞳を覗き込む。


「ビビ、その“猫”の括りにはチーターも入るか?」


俺の問い掛けにビビはまたふわりと微笑んだ。優しく撫でられた頭が少し、くすぐったい。


「もちろんよ。きっと皆もライさんのことを歓迎してくれるわ」


うーん。チーターが歓迎されるのは嬉しいが…俺もか。…それはそれでくすぐったい。

そう言って前足で頬を掻いていたら、ルフィに頭をぐしゃぐしゃに撫でられた。ちょ、てめ、痛いっての!


「なんか良くわかんねえけど良いことありそうだな!」
「別に俺が神様な訳じゃねえから何にも起こらねえぞ。つーか痛いから離せ!」
「にししし!早くメシ屋に行きてえ!」
「…ったく、あんたって奴は…」



なんでかくすぐったい


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